魔法少女リリカルなのはFLAME 　予告

Nautilrus Text Studio Presents

　永遠に続く輝きが存在しないように。
　永遠に続く暗闇もまた存在しない。

　対比される２つの要素は常に対峙し、拮抗し、引かれ合い、混ざり合い、融け合い、分かち合い、乖離し……。疎密の関係を繰り返す。
　それはある１つの帰結から、また新たな帰結へ向けて繰り返される。
　様々な要素が折り重なり、必然として生まれ出づる生命は、また新たな輪廻へと、運命の輪の中へと繋がっていく。
　そうしてこの世界は、光と闇の攻防を繰り返し、無限とも思える時を重ねてきた。

　今もどこか宇宙の片隅ではいつ果てる事のない、生命の大きなうねりが胎動を繰り返しているのだろう。

Based on novel “Magical Girl Lyrical NANOHA BURNING”
Written by Shinobu Asagihara At Rhythm Five

　闇の中でこそ、生命は生まれる。
　闇の中でこそ、生命は輝ける。
　だからこそ人は深淵の、宇宙の闇に浮かぶこの惑星を愛おしく想うのだろう。

　漆黒の闇に浮かぶこの青き宝玉を。
　人はそれを生命のゆりかごと形容した。

　――名は地球。

　自ら輝く事の出来ないその天体は、今日も陽光を受け、青き煌めきを漆黒の宇宙空間へ解き放つ。

　寄り添うように長大な楕円軌道を刻み、その周りを周回するのは、月。
　人を魅了する魔力を持つというその光は冷たく優しく。白い儚げな姿は人の心を捕らえて止まないのだろう。この惑星(ほし)の夜を統べるモノとして、禍々しくも美しい未知のモノの代名詞とされてきた。

　そして、それらを見守っているのは公転軌道の中心に鎮座する、母なる太陽。
　己の内側で滾る炎、爆発するエネルギーを光りに換え、生命を育む種の１つとして地球へ送り届ける。有史以前、生命が誕生する前から連綿と続けられてきた変わらないプロセス。
　太陽の生命の炎が燃え尽きない限り、変わる事のないこの世界の摂理。


　別名を第97管理外世界と呼称されるこの世界は、時空管理局にとって辺境の世界であったとしても、現地に生まれた者たちにとっては何よりも愛しい故郷である。
　そこには帰るべき、帰れる場所があるから。
　愛すべき、愛しい人たちがいるから。
　愛すべき、愛しい人たちがいるから……。
　何よりも愛しい、守りたい人が居るから。

A Nautilrus Film

　太古の昔から変わらない生命の源泉を、太陽は今日も送り届けてくれる。
　変わらない、掛け替えのない日常が、今日も訪れている。
　それは幸せな日々――。

　闇の書事件を乗り越え、魔法使いという不思議の国の住人になってしまった３人の友人を、少しだけ羨ましく思いながら。
　２人の少女の日常は平穏に過ぎていく。
　彼女たちの友情は変わることなく、けれど気持ちは少しずつ変化し育まれ、静かな“想い”のらせんを描き始めようとしていた。
　優しさとちょっぴりの切なさを綯い交ぜにした“想い”を心の内に秘め、今日も２人の少女は同じ彼方を見つめる。同じ道を歩む。

　見上げれば。
　気の早い台風が置き忘れていった底抜けの青空。
　合わせ鏡のような海の色は、水平線を溶かしてなお、空とその青さを競っている。
　その青さを一層際立たせる巨大な積乱雲。宇宙までそびえる潔白は空を守る城か、台風の墓標の様相を呈している。
　静かに砕ける波。潮風から微かに薫る夏の気配。
　防波堤の向こう側には、その上を歩く２人の少女にとって生まれてから11回目となる夏がすぐそこまで迫っていた。

　――常に一歩、前を歩く彼女の目差しは、とても力強く。
　振り返る天の邪鬼で強がりな笑顔を溶かす、穂並みのような黄金の長髪が印象的で。
「ほら、早くしなさいよ。すずか」

　――振り返ればいつも彼女の笑顔がそこにあった。
　大和撫子その物の、黒く秀麗な長髪をそよ風に遊ばせて。
「待ってよ、アリサちゃん」

　差し出された手に接がる指先と、零れる微笑みに紡がれる言葉。
　決して失われないと。
　永遠に続くと思われた日常……、

　――幸せが壊れた切っ掛けは小さな善意と好奇心でした。

魔法少女リリカルなのはFLAME

「民間協力者として」
「潜入捜査ぁ！？」
　すずかとアリサの２人はまるで示し合わせたかのように続け様、素っ頓狂な声を上げた。その瞳は大きく見開かれている。
　お互いに見つめ合い、ちょっとだけ赤くなった顔でクロノを凝視する。
　フェイト、はやての２人も不思議な物を見るような目で、クロノを見つめる。早くその続きが聞きたいと訴える。
　そんな中、なのはだけはクロノの隣りに座るもう１人の少年、ユーノをチラリと一瞥した。ほんの一瞬だが彼女と目があったユーノはすまなそうに俯き小さくなる。
「…フ。
　ああ、そうだ」
　全身黒尽くめの少年は苦笑混じりに少女達の驚きを肯定した。
「この世界の、ある有力者のパーティーにゲストとして出席して欲しいんだ」
　クロノは事も無げに言ってみせた。淡々とした口調で。からかっている様子は微塵も感じられない。
「……クロノくん。遠回しに２人をデートに誘ってへん？」
　はやては訝しげにツッコミを入れてみるが、クロノは意に介した様子もなく続ける。
「公式な物で、なのはやフェイトたちよりは、君たちの方がそうした場に慣れているだろう？ 　社交界と言ったか？」
「クーローノーくーん。無視せんといてーなー」
　クロノははやてを置き去りにしてさらに話しを進める。
「それにエスコート役は、僕とユーノが務める。心配は要らない」
「｢｢｢｢…………エ？｣｣｣｣」
　ここで初めて少女達の視線が、一斉にクロノの隣で小さくなっている少年に注がれた。ユーノは引きつった笑顔を返すしかなかった。

＊

「いいわ。協力してあげる」
　アリサは腰に手を当てたまま、自信たっぷりに言い放った。
「他ならぬ、アンタ達の頼みだもの」
　そう言って隣のすずかの様子を伺う。
「……私も協力します。アリサちゃんと一緒に」
　すずかは確かな意志を込めてクロノに言った。
　それから、そっとアリサの手を握る。
　驚いたアリサが、顔を向けた先には友人を気遣う優しい笑顔があった。

＊

「…………アリサちゃん？」
　すずかは不思議そうに目の前の彼女を見上げる。その輪郭が奇妙な燐光を放っていたとしても疑問に思わない。
　アリサの瞳が月光に照らされ、儚げに輝いてる。吸い込まれそうな青が、すずかの瞳を射抜く。視線を外したら、それを失ってしまいそうで。その力強さと優しさは心の奥底を見透かすように。
「…………すずか」
　切なくなりそうなほど優しい声。
　そっと頬に触れる手。その輪郭をなぞっていく指。
「……好きよ」
　ドキリと思う間もなく、少女は迫ってくる銀色に濡れた唇を避ける事が出来なかった。
　それが、死を招く口づけとも知らず。

＊

「イヤアァァァッ！！」
　病室の空気を切り裂く悲鳴。
　アリサはその刹那、何が起こったのか、自分が何をされたのか、理解できなかった。
　はたかれた指先よりも軋む胸の奥。
　まるで彼女のことを汚物でも見るような瞳で拒絶したすずかの、次の言葉をアリサはただ呆然と、無防備な剥き出しの心で受け止めるしかなかった。
「…あの人は…。あの人は私を！ 　殺そうとしたんです！」
　瞬間、アリサの心は純白に沈み、心臓を抉り取られたような気がした。
　否、彼女の心は既に呼吸することを止めていた。
　――“あの人”って呼ばれた…………。“あの人”って…………。
　すずかの瞳はアリサを見ていなかった。
　アリサをアリサとして捉えていなかったのだ。
　そのベッドに横たわる少女は、かつて月村すずかと呼ばれたモノであったが。
　心は既に亡骸となっていた。
　彼女の全身を覆うチューブが、頭部や衣服の下に垣間見える包帯の束が示すように。

＊

「どうして！ 　どうしてすずかが傷ついてるのっ！」
　無慈悲に突き付けられる言葉の刃。
　歩み寄るアリサの靴音が彼女の心情を表すように鋭く。傍らにいる２人の友人の心に不快な響きを伴って、届く。
「ねぇっ！ 　何とか言いなさいよっ！ 　なのはっ！」
　アリサはなのはの胸ぐらを掴み、真っ白な壁へ押しつけた。制服越しに伝わる明るい病院の壁の感触は驚くほど冷たく、なのはの唇を凍らせてしまう。
　彼女を見据えるアリサの瞳も同じように、冷たい熱で揺らめいていた。

＊

　ポタリ、と――……。
　両手の中。今は亡きすずかの、思い出であるシルバーアクセサリーのペンダントに落ちた雫が、この灰色の世界を濡らす雨でない事をアリサは知っていた。
　何が 「絶対に守る」だ！ 　何が 「絶対大丈夫！」だ！
　今の自分は！
　…………今の自分はこんなにも無力じゃないか。
　ぼやけてしまって形の分からないペンダントを撫でる。渡された時のすずかの笑顔を思い出す。幸せそうな声が聞こえてくる。
　それが一層、悲嘆に暮れた心を締め付ける事が分かっていても。

　すがらなければ、全てが壊れてしまいそうだったから。

　今の自分には。
　無力な自分には大切な人を守る事も出来なかった――。
　ただ、嘆く事しか許されていなかった――。

　彼女の心はそぼ降る雨と共に冷たく凍っていく。
　太陽が、あの暖かい光りを注ぐ事はなかった。

＊

　力が欲しかった。
　例え、それが親友たちと闘う事になっても。
　自分の生命が失われる事になっても。
　すずかのためなら、悪魔にでも死に神にでも、なる。
　正義も優しさも、愛だって……、要らない。
　世界中を敵に回したって構わない。
　すずかがもう一度、笑ってくれるなら。
　私は自分の全てを喜んで差し出そう。

　手にしたのは白銀の刃。
　身に纏うは闇色のマント。
　背に広がるは炎の翼。
　翻る黄金色の長髪と、太陽より熱き意思を宿した深紅の瞳。

＊

「絶対に！ 　負けられへんのや！」
　はやての静かな叫びが夜空を震わす。
　既に感覚の無くなった左腕を半ば無理矢理踏ん張らせ、家屋の残骸の中から立ち上がる。頭を過ぎった記憶がガクガクと震える両脚を叱責する。
　瓦礫に埋もれて動かないザフィーラ。
　赤い命の海に沈んだヴィータ。
　そして。
　フラッシュバックする助けられなかった祝福の、
「もうあんな想いは二度と！」
　悲鳴を上げる全身に鞭打ち、はやては眼光鋭く、上空の炎の翼を仰ぎ見た。

＊

　振り下ろされる白刃を、彼女の気迫が匂い立つほどの距離で受け止める。咆哮する金属音。愛杖は悲鳴など上げない。自分の要求に迷い無く答えてくれる。それはたぶん、目前の少女にも同じ事が言えるはず。
　物理法則に則り、飛び込んできた勢いのまま、彼女の赤いバリアジャケットの裾が、黒いマントが翻る。
　視界の隅を倒れ伏した烈火の将の姿が掠める。
　不快なつばぜり合いの音。すり減っていくデバイスの生命と主の心。丸くなるのではなく、いびつな形に歪んでいくだけの傷。
　希望と絶望にすがって始めてしまったこの戦いは、お互いに親友である2人の少女のどちらかが倒されることでしか終わらないのだろうか？ 　そんな終局の形しか迎えられないのだろうか。
　フェイトは渇望する。そんなのは絶対に嫌だ。
　ありったけの力を込めてライジングサンを突き放し、アリサと距離を取る。
　フェイトは構えを解かないまま、静かに言い放った。
「アリサは……。
　すずかのことが、大好き、なんだね」
　不意を突いた彼女の一言は数日前のアリサを呼び寄せる。
　朱に染まる頬。見開く瞳。悪戯が見つかった子供のような表情。
　それはフェイトがよく知るアリサの素顔――。

＊

　そっと少年の手に触れ、
「ゴメ…ンね、ユーノくん。ゴメ…」
　途切れ途切れになのはが言葉を紡ぐ。
　溢れ出す血が止まらない。真っ白なバリアジャケットが、ゆっくり静かに染まっていく。大きく花開くなのはの生命の紅。花は咲いてしまえば後に待つのは散る運命のみ。
　ユーノの心を嫌な予感が過ぎる。
「なの……」
「ユーノくん、しっかりしてっ！ 　まだ助けられるから」
　少年の隣では湖の騎士が必至に回復魔法を掛け続けている。
（そうだ。僕がなのはを…）
　片手でなのはの手を握り、もう片方の手に己の全魔力を集中させる。
（ふさがれっ！！）
　ユーノは自分の全てを掛けて、愛しい少女の腹部に穿たれた赤黒い穴と対峙する。
　なのはの瞳に映り込んでいた小さな炎の翼が、徐々に歪んでいく。

＊

「……アリサ、ちゃん……」
　静かに紡がれた自分の名前を、しかし少女は認識できなかった。
　正確には、理解できなかったのだ。目の前の状況が。
　視覚や聴覚が頭に送り届けてくれる情報は、目の前に現れた少女が確かに月村すずか本人であることを伝えている。しかし、心がそれを否定する。黙殺する。
「…ウソ、でしょ…？」
　炎の化身たる少女が返した答えは、目の前の事実を認めない言葉だった。
　純白の、ギリシア神話に登場する女神のような薄手のドレスを身に纏い、すずかが目の前に浮かんでいる。
『――Lord cartridge. Vanish Foam !』
　無機質な音声が闇を貫く。すずかの周囲で彼女を守るように浮遊していた星達が、正確には極小の六角形の鏡達が、互いに集束し筒状の形態へと変わっていく。
　それも一瞬の出来事で、次の瞬間には、彼女の両腕で回転していた2枚の楕円形の盾がその円筒形――例えるなら白銀の万華鏡――を挟み込むように取り付き、持ち手となる取っ手を出現させた。
　完成したそれは巨大な砲身であり、巨大な十字架にも見える。
　その砲口をすずかはアリサへと、向けた。

＊

「もう一度僕に…………。彼女を、セレナを殺せと言うのかっ！！ 　エディックッ！！」
　クロノの絞り出すような慟哭がブリッジを揺るがせる。

＊

　エイミィはそっと涙に暮れるクロノの自分の胸に埋めさせた。
「分かってるよ、クロノくん。彼女は望んで自分の生命を掛けたんだから」

＊

「私はマスターを、エディック様をお慕いしていますが…………。
　あの方のやり方は間違っていると思います」
　声を震わせて、その奥に確かな決意を秘めてセリーンはその言葉を口にした。

＊

「私は帰ってきたんですよ、セレナ。あなたの身代わりとなるために！」
　こぼれ落ちる柔和な笑み。エディックの表情が慈愛に満ち、破顔する。

＊

「マスター。
　あの人のために笑って下さい。私のために泣かないで下さい。
　マスターのエガオが私の願いです。
　マスターのエガオが見られれば、私は喜んで逝けます」
　スズカの手が、アリサの手を優しく握り返す。
　頬を伝う熱いものが一粒、その絆の証しの上で弾ける。
　その絆が永遠となるように。


　心も願いも蝕む強い意志が導くのは、幸せな未来の形なのだろうか。

＊

「ただいま」
　すずかは目の前の墓を見下ろし、そう告げた。杖で身体を支えながら、老人が腰を下ろすような速度で膝を折り畳み、抱えていた花束を墓前に供える。
　少しだけ歪んだ顔にすぐ微笑みを被せて。
　その小さな墓石は名も無く、真新しく真っ白だった。彩りに染められた木々が、黄金色の草原が、柔らかくその純白を包み込んでいる。
　少女は静かに手を合わせ、故人を偲ぶ。幾ばくかの時間が厳かに過ぎていく。
　彼女の脳裏を駆け巡るのはあの暑かった夏。
　思わず涙腺が弛みそうになるけれど、今日は悲しみを届けに来たのではない。
「ありがとう。
　こうして今、ここに居られるのも……、貴女(あなた)のお陰です」
　すずかはまた同じようにゆったりと立ち上がりながら、墓石に聞かせるよう語りかけた。
　優しい彼女らしい柔和な笑みを浮かべて。
「アリサちゃん…………」


　――たとえ生命を奪われても守りたい人が居る。