you & me

BGM : ASKA 3rd Album 「NEVER END」より
No.4 「you & me」

「ハァーー……」
 小狼は両手で作った小さな部屋に息を吐いた。
 白く色付いた彼の吐息が冷えた両手を温める。手の中から零れた吐息がすぐに冷たい外の空気へ解けていく。
 香港育ちの彼にとって、日本の冬の寒さはとても堪える。
 今朝のテレビでは早咲きの梅のニュースが流れていたというのに。「明日は雪の可能性も」というアナウンサーの言葉もあながち嘘ではないかも知れない。
「…………」
 彼は鉛色に落ち込んでいく空を見上げ二度、三度とその睫毛を上下させた。
 チラリと下駄箱に目線を送る。想い人はまだ来ない。
 アイツのことだ。日誌にでも手間取っているのだろう。そんなことを心の中で呟きながら、ふと、昔聞いた彼女の日直の歌を思い出す。
「フ」
 苦笑する小狼。
 彼女の歌にではない。その時、彼女の歌を録音しておきたいと考えた当時の自分にだ。
 今から思いかえせば、
「あの頃から…」
 彼女に心を奪われていたのだろう。
「……」
 もう一度、小狼は静かに微笑みを浮かべた。
「何か良い事あったの?」
「! ウワッ」
 鈴を転がしたような声がいきなり背後から聞こえる。
 振り返る少年。
 いつの間にかその場に想い人が立っていたので、小狼は再び驚かされることになる。
「? どうしたの」
 小首を傾げる彼女、さくらには小狼の驚いた理由が分からない。彼はいつもビックリさせる前に気付いてしまうから。
「なんでもない」
 小狼は平静を装い、すぐに歩き始める。
 だからさくらが抱いた小さな疑問も、吐き出す白い息と同じように、解けて消えた。
「帰るぞ」
 ぶっきらぼうに言い放って前を歩いていく少年を、少女は急いで追いかける。
「あ、待って小狼くん」
 彼の右隣りに並び、笑顔を投げかける。そこは一緒に帰る時のさくらの定位置。一年以上の遠距離恋愛を経て見つけた少女だけの場所。小狼が帰ってきてもうすぐ一年が経つけれど、今でもさくらは彼の隣りにこうして並んで歩けるだけで嬉しいのだ。
 一方、小狼にしてみればちょっと気恥ずかしい。あの文化祭の事件以降、二人の関係が学校中に知れ渡ってしまい、周囲の視線は一層、二人に集まった。お互い、異性から告白される回数は事件の前よりもさらに増えている。
 隣りにいるのがさくらでなければ、もっと冷静で居られるのに。
 小狼の脳裏をいつもかすめるのはそんな幸せな悩み。
「アレ? 小狼くん。手袋、どうしたの?」
 不意に彼の手が素手であることに気がついたさくらが問いかけた。
「ああ、今日は忘れたんだ」
 寒さが苦手な小狼が忘れるなんて珍しいこともあるものだ。ちょっとだけ?マークが頭を過(よ)ぎるさくら。けれど疑問はまた白い吐息となって消えた。「しっかり者の小狼くんでもたまにはそんなこと、あるよね」と心の中で納得する。
 時々、自分だけに見せてくれる彼の意外(?)な一面。その度、さくらは小狼との距離が縮まって行くようで嬉しかった。
 小狼にとってはちょっと苦しい言い訳だったかも知れない。手袋は忘れたんじゃなくて、持ってこられなかった。なぜならそれはさくらがくれた手作りの毛糸の手袋だから。
 着けるのは勿体ないけれど、他の物を着けて行ったら彼女をガッカリさせてしまう、けれど着けるのは…。という堂々巡りの末の決断。さくらが好きだという実感が湧く前は絶対になかった心境だ。
「小狼くん、それじゃ手、寒いでしょ?」
「いや、昨日に比べたら…」
 自分を気遣うさくらをさらに気遣う小狼だが、それが返って裏目に出てしまうことを彼はまだ学習し切れていない。
「駄目だよ。寒いの苦手でしょ? 小狼くん。
 私の手袋、貸してあげる」
 そう言って少女は自分の手にはめている手袋を取ろうとする。
「それじゃ、お前の方が寒くなるだろ?」
 今日のさくらは妙に押しが強い。止めようとする小狼の言葉を遮って、
「さっき昇降口の所でハァーッてしてたでしょ。
 小狼くんて優しいから私を心配させないようにしてくれるけど」
 喋りながら両手の手袋を外したさくら。あの瞬間を目撃されていては、止めることも、反論することも小狼には出来ないだろう。
「でもね、それでもっと心配しちゃうこともあるんだよ」
 手袋を差し出すさくら。
 彼女は少しだけ怒っている。自分に気を遣いすぎる小狼に。それが彼の優しさ故だとしても。
 もうちょっとわがままを言って自分にだけは甘えて欲しい。それがさくらのわがまま。
「…………」
 少年はしばし、その差し出された右手を見つめる。
 果たして、彼はそれを受け取り、自分の左手にはめてみる。まだ残っている彼女の温もり。意識すればするほど小狼の胸の内には、不思議な熱がこみ上げてくる。
「…ありがとう」
 高揚する気持ちを抑えるためにはそれしか言えない。
「うん!」
 さくらは満面の笑みを浮かべる。
 小狼は手袋を着けるときに、彼女が甲斐甲斐しく持ってくれていた鞄を二つまとめて受け取り、換わりにもう片方の手袋をさくらへ渡す。
「ほえ?」
「これはお前が着けろ。半分コだ」
 そう言って右手を差し出す彼の頬は、ちょっぴり紅に染まっている。
「ありがとう」
 今度は優しい笑みを浮かべて、さくらはその優しさのお返しを受け取った。
 小狼の気遣いをまとった手袋を大事そうに自分の右手にはめてみる少女。
 彼女はそのできあがりを彼に見せる。
「えへ、さっきより温かいみたい」
 はにかんだ笑顔がこの上もなく可愛い。小狼でなくともこの笑顔を見れば、抱きしめたい衝動に駆られるだろう。
【選択!】

【小狼】もう片方の手は寒くないだろうか?
【さくら】こうすればもっと温かいよ?
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