EARTHLING

３ 　
「逃亡者？」
　アーサーの頭を過去に見た映画俳優の顔が過ぎる。
　自分の日常生活ではまず使わない単語。映画やアニメの中の世界が今、目の前で展開されようとしているのだろうか。
　少年は“逃亡者”という言葉に、不思議な魅力と言いしれぬ不安を覚えた。本当か嘘か分からないが、自分の知らない非日常の世界がそこにある。
「逃亡者って、この娘が何かやったのかい？」
　ベルティがまず口火を切った。ちらりとマルチに視線を走らせつつ、紳士に疑問を投げかける。少女は明らかに敵意のこもった瞳で、紳士を見つめていた。
「いえ。その方が犯罪者というわけではありません」
　黒尽くめの紳士は良く通る声で告げた。喋りながら、緩やかな歩調でアーサー達に近づいてくる。
「その方は事件の重要参考人として我々にご同行いただいていたのですが…」
　
「重要参考人ねぇ」
　訝(いぶか)しげな口調。我慢できず横槍を入れたのはアルフォンス。
　
　青年を一睨(ひとにら)みし黙らせてから、ベルティが一番疑問に思っていることを紳士に問いかけた。
「我々って、そもそも何者なのよ、アンタ」
「これは失礼しました。私の名前はファロージャと申します。ファロージャ・ブラックです。地球界警察機構に所属している者です」
　破顔して言う紳士。張り付いたようなその微笑みはベルティの疑問をさらに深くする。
「なるほどね。だからその格好なわけだ。ブラックさん」
「ええ、私は縁起を担ぐたちでして」
　美女の皮肉もさらりと受け流す紳士。
「フ。
　それで重要参考人といったけど、どんな事件なの」
　ベルティはわざと事件の部分を強調して言った。しかもそれは長い時間を彼女と共有していなければ分からないような微妙なニュアンスであった。一朝一夕では彼女の訛りぐらいにしか聞こえないだろう。
　ベルティの勘は確かなものであり、彼女の言わんとしていることはすぐにアーサー以下、チームグローブの全員に伝わった。わざと紳士から距離を取り話しをしているのは、警戒に加えてチームリーダー、ユージスの元へ自分の声を届きやすくし、周囲の人々へもそれとなく自分たちの会話を聞かせるためである。
「残念ながら、それについては私の口からは申し上げられません。事件解決後の公表をお待ちいただくし…」
「あら、余計なことを聞いちゃったみたいだね」
　紳士の言葉を途中で遮るベルティ。彼女は経験から理解している。このままこの黒尽くめの紳士とおしゃべりを続けても、事件とマルチの関係を聞き出せないことは。
「ご納得いただけたのなら、そちらのお嬢さんを引き渡してもらえませんか？」
　紳士の左手が差し出される。破顔したままの表情。細められた両眼からは何一つ彼の思惑は感じ取れない。
　だがそれこそが美女の最も違和感を感じた部分であった。
「……それは出来ない相談よ、ブラックさん」
　ベルティの声のトーンが落ちる。
「どういう事ですかな？　えー…」
　紳士の目元がわずかに持ち上がった一瞬をベルティは見逃さなかった。
「ベルティよ。ベルティ・マークレビンソン。
　どうもアンタは胡散臭(きなくさ)いって私のカンが言ってるのよ。“重要参考人”を“逃亡者”って言うし、地球界警察機構の人間って言う証明は見せないし、その落ち着きまくった態度も妙だわ」
　美女の指摘を受けても紳士は変わらない態度でハンブルグ帽を右手に持ち替え、左手を懐へ忍ばせた。
「これは失礼しました」
　その手によって取り出されるものが、銃でないことをベルティは重々、承知している。この場で銃を取り出しその結果がどんな事態に陥るかは、誰でも想像が付く。紳士の言動を分析する限り、あのマルチという少女にはそうした事態を引き起こしたくない何かがある。それが美女の出した結論であった。
　そして案の定、紳士が取り出したのはIDが入っていると思われる黒い革の手帳であった。
「私としたことが、うっかりしていましたね」
　表紙の裏側のポケットには確かに紳士の身分を証明するIDカードが入っていた。
「改めて、私はこういう者です」
　紳士の穏やかな態度は変わらない。美女にしっかりと確認してもらえるよう、見やすいように手帳を差し出す。
「…そうね。確かに。
　だけど、結論は変わらないわよ。駄目なものは駄目」
　ベルティの態度は変わらない。むしろ彼女の中では、この黒尽くめの男に対する疑念がますます深くなった。地球界警察機構に所属するエリートの割りに手際の悪さが目立つ。紳士を装っているのならなおさらだ。それに“重要参考人”という少女を指す言葉に執着が感じられない。もしかすると少女自身ではなく、少女が持つ何かに…。
「それは困ります、ミス・マークレビンソン。事件解決のために我々に協力を」
　黒尽くめの男、ファロージャ・ブラックの態度は相変わらずでセリフの内容こそ焦りを伺わせるが、表情や口調にはそれが一切表れていない。
「そう言われてもね、明らかにあの子がアンタに対して怯えているのよ」
　そう言ってベルティはマルチへ一瞬、視線を送る。
　つられてマルチを見たファロージャ・ブラックの表情はやはり崩れない。
「あのコは多分、滅多にああいう態度は見せないんでしょうね。さっきのアーサーとのやり取りを見る限り。
　だからブラックさん。アンタがいくら言おうとも、私は信用できないのよ、アンタを」
（どういう事情があれ、怯えているあの娘は任せられない）
　ベルティの瞳は暗にその思惑を代弁していた。
　
　一方、当のマルチにしてみれば、美女と紳士のやり取りは予想外なものであった。殊更(ことさら)ベルティの言い分には大きな驚きを隠せない。さっき会ったばかりでしかも思いっきり迷惑な出会いだったはず。見ず知らずの自分を庇(かば)おうとしてくれる美女の行動は不思議でならない。アーサーという踏ん付けちゃった男の子もいつの間にか、自分を守るように横に並んでいるし、彼の仲間らしき他の２人も、少女の周囲をさりげなく見張っている。トラブルを自ら抱え込もうとするこの４人の行動は、マルチの目には不可解なものとして映った。
　彼女はその様子をただ傍観(ぼうかん)するだけである。少女にはまだそれを裁ける能力が備わっていないのだ。
　
　そしてまた、予想外の展開に驚き慌てたのは、紳士も同じ。表情にこそ出さないものの、内心はかなり焦っている。地球界警察機構の名を出せば、目の前の美女が少女を素直に引き渡すだろうと言う、紳士の思惑は見事に外れた。それほど地球界警察機構という言葉には神通力(じんつうりき)があったのだ。今まで全てこのやり方を通してきたファロージャ・ブラックにとっては初めてのケースである。もっとも地球界警察機構は発足してから日が浅く、その抑止力は主に政財界へ向けた物であったから、このような一般市民に対応するための経験値は高が知れている。いわば畑違いなのである。
「そう言われましても…。
　私もコレが仕事ですから。ここで退くわけにはいきません。黙って彼女を引き渡してもらえませんか？」
　ファロージャ・ブラックの声のトーンが初めて変わった。
　穏やかさの裏に隠されていた苛立ちが声の調子に現れている。良く通っていたバリトンは濁声(だみごえ)が混じり、紳士の柄が急に悪くなる。
　やはりコイツは信用できない。ベルティの中で警鐘(けいしょう)が鳴り響いた。今までの疑念は確信へと昇華される。
「だから信用できないって言ってるでしょ、ブラックさん。
　アンタの今の声、聞いてると余計にね」
　軽くカマをかけてみるベルティ。ここで慌てるか隠そうとすればこの男の本性が分かる。
　
　アーサーたちにしてみれば紳士の言葉を信用するかどうかは、全てベルティの一存に掛かっている。ベルティはこうした状況を仲間の誰よりも多く経験してきた。相手の言葉や声の微妙なニュアンスから、その真意を読み取る技は、この美女が最も長けているのだ。たとえどんな怪しいヤツに見えてもベルティのお眼鏡にかなえば、一部の例外を除きそれに従うのが、アーサーたちチーム・グローブの暗黙のルール。事実として彼女が信用を置いた人物に１人も外れはいない。
　全てはベルティの判断次第。
「お気にならずに。私の地の声はこんな物ですから。
　それより、彼女を引き渡していただけないというのなら、こちらにも考えがあります。私も忙しい身の上ですので」
　予想外の答えが返ってきた。声質の変化を認めた上で、脅しと取れるセリフを吐く紳士。ベルティの判断が揺らぐ。信用を促すために本性を見せたのか、それとも他の狙いが？　美女のとまどいを見透かしてか、男がさらに畳み掛ける。
「営業スマイルはやめます。素の私で語ればあなたも信用していただけますでしょう？」
　多少、声質が悪くなったとはいえ、彼の口調には淀みがない。元来、こういう喋り方なのだろう。少女に対する執着心の薄さは相変わらず。仕事と割り切っての言動なのだろうか。それにしては感情の起伏が表情にもセリフにも乗りにくい質のようだ。
　ベルティは思う。こういうヤツが一番、敵にすると厄介だ。感情を完全にコントロールできる男。もしかすると、今、目の前で行ったやり取りには全て紳士の演出が含まれていたのかも知れない。となれば美女の経験上、この手の人間は味方にしておく方が無難である。しかし…。
　再度、少女に目線を走らせる。
　マルチはすっかりアーサーの背後に隠れ、事の成り行きを見守っている。あの状態の娘を目の前の紳士に預けるのは忍びない。
「ご理解いただけましたか？　ミス・マークレビンソン」
　静かになったベルティへさらにファロージャ・ブラックが詰め寄るが、理解も何も結論は変わらない。美女にとってどこかの知らない事件に貢献するよりは、今、目の前で怯えている少女を助ける方が優先されるのである。
「無駄…」
　
「くどいねアンタも！　信用できないって言ってんだろ！　ベルティが！」
　再び横槍を入れたのはアルフォンスだ。周囲の警戒を怠(おこた)らず、ファロージャに届くよう声高に叫ぶ。
「この娘が恐がってんだ！　別のヤツを連れてきな！　アンタじゃなく！」
　持ち前の喧嘩っ早さが炸裂している。彼はこうした交渉ごとは大の苦手だ。お互いの腹の中を探り合うことはしない。アルフォンスにあるのはイエス、ノーの二択だけであり、極めて単純である。ベルティが行うようなやり取りを見ているとイライラして仕方がないのだ。
「…いきなり失礼だな。私は今、こちらのミスと話しを…」
「無駄だよ！ いくら言っても！　ベルティの答えは変わらないって！」
　彼は美女の性格をよく知っている。仲間の中の誰よりも。彼女が金銭以上に情に厚いことを。
　ベルティも決してアルフォンスが言うことを否定はしない。彼の言いたいように言わせている。いささか乱暴な言い方ではあるが、彼女の結論はまさにそれなのである。
　だが、紳士にとってみれば、美女との交渉を邪魔されたことは気に入らない。彼は声高に挑発的なセリフを吐いた。
「頭に血が上っているようですね。奥で何か冷たい物でも貰いなさい。それではまるで虎の威を借りた狐のようだ。交渉の１つも出来ませんよ」
　
　まずいとベルティが思った瞬間には既に遅かった。
　
　止める間もなくアルフォンスは拳を振り上げ、紳士に向かって駆けだしている。わずか数歩のその距離は、拳の威力を倍増させるのに十分であった。
「アル！」
「アルフォンスさん！」
「やめろ！」
　
「誰がキツネだっ！！　このヤロォォォッーーー！！！」
　
　トマトのように赤い顔。
　苛立(いらだ)ちと憤(いきどお)りの爆発。
　自分の声で仲間たちの声は聞こえなかった。
　激情の赴(おもむ)くまま、右の拳を突き出していくアルフォンス。
　ファロージャ・ブラックは動じず、向かってくるアルフォンスの拳へ左手を添えた。
　
　次の瞬間。
　紳士が青年の拳をかわすように体を半回転させる。
　同時に青年が宙を舞った。見えない力によってまるで自らがそう仕向けたように。
　アルフォンスの体は背中からウッドデッキに叩き付けられる。
「グッ！？」
　痛みが襲っても何がどうなったのか分からない。
　茶色いウッドデッキが、いつの間にか青い空になっている。
　ざわついていたオープンカフェのギャラリーが一斉に静まりかえった。その場で固まる者。乾いた笑いを浮かべて後ずさる者。反応は様々だ。ただ一様に関わりたくないというオーラは一緒である。
　アーサーもマルチもユリカもその場に固まり、倒れたアルフォンスを凝視してる。アルフォンスが紳士に向かって殴りかかり、自分で自分の体を放り投げたように見えたのだ。
　
「もう我慢できない！　止めてくるから兄さん。あとよろしく！」
　店の奥で声を上げたのはタクヤ・レキシコンだ。事態を見守っている場合ではない。これ以上、騒がれたら売上に響く。ただでさえ今月は赤字になりそうだというのに。
「待て」
　カウンターを飛び出そうとした弟の後ろ襟(えり)をユージス・レキシコンが掴(つか)んだ。
「ぐぇ」
　勢いで首が絞まる少年。危うく床へ倒れそうになった。
「あ、スマン」
「兄さん！」
　こちらもアルフォンスに負けないくらい顔を真っ赤にするタクヤ。
「俺が行ってくるから、お前は夕方の準備を頼む」
　兄の瞳が真っ直ぐ弟の瞳を射る。
　青年の表情には有無を言わせぬ迫力があった。
「…………わ、分かったよ。
　だけどあれ以上ややこしくしないでよ」
「ああ」
　ユージスはそれだけ言うと、タクヤの頭を二度、ポンポンと軽く叩き、カウンターをあとにした。弟は兄のそんな子供扱いが嫌いなのか、恨めしそうに兄の背中を見上げている。幼く頑張り屋な弟を面倒に巻き込みたくないという、兄の胸の内など知るよしもなかった。
　
　ファロージャ・ブラックは涼しい顔で取り落とした自らの手帳と帽子を拾い、手帳は内ポケットへ収め、帽子は右手に携(たずさ)えた。
「いきなり向かってくるからですよ。埒(らち)を弁(わきま)えなさい」
　惚けたアルフォンスの顔へそれだけ言い残し、ファロージャは美女に向き直った。
「アンタ…」
　ベルティの口元がなぜかニヒルに釣り上がっている。
「今のがあなたの答えではありませんでしょう？　ミス」
　そう言って紳士は左手を差しだし、穏やかな笑みを浮かべる。
　美女はその左手を見つめる。それが何を意味するものなのか。今のアルフォンスの非礼を許し、交渉を再び始めるための友好の証しなのか。それとも少女を引き渡すことを約束させるための握手なのか。
　恐らくは後者の意味合いが強い。ベルティは迷うことなく、右手を差し出した。
　一瞬、顔をしかめた紳士であったが、すぐに状況を理解し、帽子を持ち替えてベルティの手に自分の右手を合わせる。
　握手を交わす２人。
「アンタも使えるのね、柔術」
　紳士の顔が一層、破顔する。
　ベルティだけは唯一、目の前で起きた現象の意味を理解していた。ファロージャの手が全てを物語っている。アルフォンスはこの紳士の技によって投げられたのだ。紳士自身は全く自分の力を使わず。
　しかもアルフォンスを挑発して襲わせ、自分のその特殊な技能を示す材料とした。これほど決定的な脅しはないだろう。いざとなれば力尽くでもマルチを連れて行くことを示唆(しさ)したのだ。
（もしこれら全てをこの男が計算尽くでやっていたとしたら）
　この紳士を敵に回すのは、本当に厄介なことになるだろうとベルティは内心、ため息をついた。
　だがもう、少女を引き渡す気にはなれない。彼女がなぜ怯えているのか、今の紳士を見てはっきりしたし、そこまでして彼女を捕まえなければならないその秘密にも興味が沸いてきた。
　もしかすると彼女が持つ秘密は大金に化けるかも知れない。それに……。
　ベルティは意識だけをマルチを庇(かば)っているアーサーへ送る。どうやら少年はすっかりマルチに興味を抱いてしまったようだ。
　これだけ自分にとってメリット――正確には面白そうなこと――が揃えば、この男と敵対しても良い。ベルティの心は決まった。
　
　あとは、
「ご理解いただけて恐縮です。では、お嬢さんを…」
　その意思を示すだけ。
「いいえ、お断りします」
　零(こぼ)れるほどの笑顔を浮かべて、美女は言い放った。
「！！」
　紳士の表情が驚きに満ちるより早く。
「ヨッ！！」
　ベルティはファロージャの襟(えり)と袖(そで)を素早く掴(つか)み、投げ飛ばした。
　紳士が見せた技の比ではない。
　尋常ならざるスピードとキレ。
　轟音が轟く。地面が揺れる。
　ウッドデッキへめり込みそうなほどの勢いで叩き付けられる紳士。
　あまりに突拍子もなかったため、彼の感覚は麻痺(まひ)した。
　自分の状態どころか、ウッドデッキに叩き付けられた痛みを感じることも忘れている。
「アルフォンスも言ったでしょ？　アンタは信用できないって」
　仰向けにされたファロージャの胸に右足を載せ、その膝(ひざ)と右肘(ひじ)を合わせて美女はそう言った。
　足蹴(あしげ)にされても紳士は何一つ反抗しようとしない。それだけベルティの投げは凄まじかったのだ。
　続けるベルティ。
「ファロージャ・ブラックさん。今のアンタじゃ、あの娘を預ける気にはなれないよ。裏の事情をキッチリ説明してもらわないと。
　はっきり言って誘拐犯にしか見えないね、私には」
　美女でなくともそう思うだろう。IDカードが本物だったとしても。この男の話が本当だったとしても。その全てが証明できるだけの要素を、何一つ提示していないのだ。このファロージャ・ブラックという紳士は。
　もし少女がこの男に少しでも好意的な態度を取っていたのなら、状況は変わっていたかも知れないが。
「みんな行くよ。長居は無用だ」
　体勢を直して振り向き様、美女が言い放つ。
　３人の了解を取る間もなく、彼女はこの店の出入り口へ、メインストリートへ向けて、歩を進める。
　ウッドデッキ特有の丸い靴音。
　ふと３歩で足を止め、
「アル。
　アンタも行くよ。そんなトコで下着覗いてないで」
　見下ろし、投げられたままのアルフォンスを一瞥。
　それから思い出したように美女は、アルフォンスと同じく投げられたままのファロージャを振り返り一言、付け加えた。
「追いかけてくるのは自由だけど、簡単に預ける気はないからね。マルチを」
　小走りで駆け寄ってくるアーサー、マルチ、ユリカが視界の隅にはいると、ベルティはそれに合わせて駆けだした。右耳へ小さなインカムを付けることを忘れない。
　チラッと店の奥から飛び出してくるチームリーダー、ユージスの姿が見えたが、もう気にしている余裕はない。ファロージャに対立し、マルチを庇(かば)うと言うことは、マルチと同じ“逃亡者”になるのだ、ベルティたちは。
　小さなインカムを２回突(つつ)き、ユージスへ合図を送る頃には、ベルティはカフェレキシコンの敷地の外にいた。続くアーサーたち。
　全員が頭の上を通過したことを確認して飛び起き、アルフォンスもその後に続いた。
　向かうはメインストリートの駐車スペースに停められたベルティ自慢の黒いエアドライブ。
「姐さ…」
「アル、アンタは前。急ぐよ」
　言うまでもなく他の３人は後部座席だ。
「レネ、準備はいいかい？」
「完了でございますです！ マイマスター！」
　インカムを通し、ベルティにだけ聞こえる黄色い返答。
　要望に応えて彼女のＣＭＣが自慢のエアドライブを起動、駆動音を響かせた。観音開きのドアを開けることも忘れない。
　美女は素早く運転席へ体を滑り込ませる。その左隣りにアルフォンス。
　後部座席にはマルチを挟む形で右側にアーサー、左側にユリカが乗り込む。
「行くよ！」
　間髪入れずアクセルを踏み込むベルティ。
　アーサーのエアボードのような面倒な手続きは必要ない。
　急発進する黒いスポーツドライブ。
「ワ！？」
　身体が後ろに引っ張られた。
　バックミラー越しにそれを見ていたアルフォンスがすかさず注意する。
「アーサーもユリカもちゃんとお嬢ちゃんをフォローしてやれよ」
「「分かってるよ｣ます」
　ハモってしまう２人に微笑みかけ、隣りの美女へ顔を向ける。
「さて、ここから先は？」
「……出る前にリーダーの姿が見えたから、多分すぐに指示が来ると思うわ。
　集合場所の指定だけだと思うけど」
「そうするといかに敵をまくか、か。問題は」
「まだ敵と決まったわけじゃないわ」
「…いや、アイツは絶対ぶっ倒す！」
　そう言って右拳を握りしめる青年。
　ベルティは苦笑した。また悪いクセが始まったと。
　
　低い駆動音を上げ、エアドライブはさらに加速する。
　法定速度など知ったことか。公安にバレないようジャミングも利かせてるし。
（噂が確かなら、地球界警察機構は監視衛星を使ってくるはず…）
　先回りされないことを祈りながら、ベルティはジョイスティックを握りしめた。