EARTHLING

２ 　
　何かが自分にぶつかった。それは分かる。顔中を振るわせている痛みが、そう告げているのだ。そして自分は今ゆっくりと地面へ向かって倒れているのだろう。立っている時より体の重みを感じる。けれど重力は極端に小さくなってしまったのか、倒れる速度がやけに遅いようだ。まるで象が自分の体を横たえる時のように。
（地面てこんなに遠かったかなぁ？）
　地球上で味わう無重力体験という不思議な感覚に対してアーサーはそんな感想を抱いていた。生命の危険があるかもしれないのに頭の中は、時間の枷から解放された時のようにリラックスしている。
　もうすぐそこに気配が迫っている。両足の神経が徐々に何かを伝えてくるのだ。それが背中へ連続した時、ようやく地面へ倒れ込む際の痛みだと理解できた。湯船へ浸かる時にお湯の暖気が体を伝っていく感覚と似ている。じわりじわりと迫ってくる痛み。だが、不思議なことにその痛みの浸透は肩胛骨の真ん中当たりで止まる。
　彼が意識できたのはそこまでだった。無重力の不思議な感覚と背中から伝わった痛みがアーサーの意識の許容量を超えたのである。
　……………………。
　
「…ん」
　数瞬の後、すぐ少年は目を覚ました。つい数時間前の砂浜へダイブしたことがきっかけで、衝撃に対する耐性ができていたのか定かではないが、アーサーが意識を取り戻すのは驚くほど早かった。
「大丈夫かい？　アーサー」
　頭の上からベルティの声が響く。まだ状況が飲み込めないアーサー。顔面がズキズキと痛む。後頭部に感じるのは多分、ベルティの太股の感触。彼女の何とも言えない甘い香りが再び鼻を突く。しかしそれを楽しめるほど男として成熟していないどころか、今のアーサーにはその場から逃げ出すこともできない。顔の痛みに加え手足の感覚がちょっとおかしい。痺れているという方が分かりやすいだろうか。
「何がどうなったの？」
　動けないまま、アーサーが訪ねる。
「あんたが倒れそうになったのを、私がフォローしたんだよ。
　ま、急いだからこんな格好になっちまったけどね」
　そういってベルティは苦笑する。アーサーの頭を支えている彼女の右足は真っ直ぐ前へ伸ばされ、左足は膝を地面に付ける格好で折りたたまれている。早い話しが彼女はアーサーを地面への衝突から庇うためスライディングをした格好のまま固まっていたのだ。チャイナ服のようなスカートのスリットからこぼれた太股が色っぽい。
「あの娘(こ)が突然、空から降って来てあんたの顔にドロップキックさ。あんたがそのまま倒れていったから私がフォローに入ったって訳」
　まだ惚けた顔のアーサーにベルティが説明する。
　少年が倒れた場所はたまたま店舗とカフェテラスとを繋ぐオープンスペースであった。客のためのスツールもテーブルもない。だからベルティのフォローも間に合ったのである。もしこれがオープンスペースでなく、カフェテラスのウッドデッキの上であったなら、周囲にどんな被害が出ていたか想像に難くない。
「しかしまぁ、アーサー。あんたの運動神経は中々だねぇ。あそこで上体反らして衝撃を和らげるなんて。その上、受け身とれてりゃ万全だけど、あの瞬間じゃそこまでは無理か？　ハハハ！」
　大口を開けて笑うベルティ。彼女の笑いにつられるようにアーサーも笑みをこぼす。
「肝心の空から降ってきた娘(こ)はあそこでアルと言い合いをしてるよ」
　ベルティがあごで指し示した方向をアーサーが見た。カフェテラスの最も奥まった場所。隣りの店舗ビルとを隔てる壁際で、ハチミツ色の髪の少女とアルフォンスが口論をしている。傍らにはユリカが居て、それを止めるタイミングを計りかねているようだ。
「アーサー、もう動けるだろ？　私もこの体勢は辛いんだけど」
「あ、ゴメン」
　アーサーは心地よい場所から頭をどかして起きあがり、ベルティに向き直る。
「ありがとうベルティ」
「今回は無料(タダ)にしといてやるよ」
　そう言ってベルティは唇の端を持ち上げてみせた。彼女がその仕草をすると不思議な色気が漂う。
　アーサーは苦笑しながら、言い争いを続けるアルと少女が陣取ったテラスの隅へ足取りも軽やかに向かった。
　
「なによっ！　アイツがそんなとこに突っ立ってんのが悪いんでしょっ!?」
　少女は猛烈な勢いでアーサーの居る方向を指差し抗議する。極めて自分勝手な理由ではあったが。
「そんな理不尽なことがあってたまるかっ！　大体あんなとこから人が降ってくるなんて誰が想像できるっ？」
　アルフォンスは少女が飛び降りてきた建物の屋上を指差しやりかえす。
　当然の事ながらアルフォンスの言い分の方が誠に持って正しい。「路地の角から出てきた人に注意する」と言った状況ならまだしも、「建物の屋上から落ちてくる人に注意する」など、まず日常生活ではあり得ない。
　だが彼女の日常ではそういったことがあるのか、臆することなくアルフォンスに食って掛かる。
「それくらいアンタたちの年なら想像できないわけ無いでしょっ！　お姫様が恋しい王子様に向かって飛び込む時とか、正義のヒーローが格好良く登場するシーンとかっ！」
　彼女の言動には乙女チックな怪しさが大爆発である。
　ここで断っておくが、彼女は決して王子様に向かって飛び込んだわけでもなく、まして悪を倒すヒーローとして登場したわけでもない。
「マンガや映画でもあるでしょっ！　そういう場面がよくっ！　それにねっ！　アタシはアイツがそこから動きそうに見えたからそこへ向かって飛び降りたのっ！　だから動かなかったアイツが悪いっ！」
　キッパリと言い切ってしまう当たり、少女の傍若無人さが滲み出ていた。
　２人から少し離れた位置ではユリカが口論を止めるチャンスをうかがっている。
「あぅ〜〜」
　しかしその激しいやり取りを彼女は、情けない声を上げて見守ることしかできない。メガネの奥の瞳から今にも涙がこぼれそうである。いつもフォローに入ってくれるはずのユージスは弟に気を遣ってか、店から出てこようとしない。静観を決め込んでいるようだ。むしろ真っ先に飛び出してきそうなユージスの弟が、店から出てこないのはちょっと不思議である。
「あの…。その…」
　ユリカの性格では２人の間に割って入るのは難しいだろう。平和主義者で何事もおおらかに受け止める彼女も、こんな時だけは臆病な素顔がかいま見える。空中をさまよう両手がより一層、ユリカの慌てふためく様子を表している。
　「あの…、アル…フォンスさん…」
　もう可哀相なほど取り乱し、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちようとしたその時、ユリカの肩を誰かが軽く叩いた。視線を向けると、手の持ち主は自分よりも小さな男の子。
「大丈夫、ちょっと待ってて」
　そう言ったアーサーの仕草がユージスにそっくりで、ユリカの頬は思いもよらず赤くなる。自分よりも背の低い男の子が頑張って手を伸ばし、フォローしてくれたことにユリカは、ちょっぴりときめいてしまった。これがユージスなら多分、肩じゃなくて頭をポンと軽く叩いてくれたことだろう。
　ようやく状況が改善される余地が見つかり、ユリカの瞳にたまっていた雫はこぼれ落ちることなく引っ込む。代わりにこぼれたのは彼女の笑顔だった。何とも現金な娘である。
　
　一方、ユリカに代わり一歩前へと歩み出たアーサーは彼女と同じように固まってしまった。
「……これはまた…」
　仲裁に入ろうとした彼を気圧すほどの迫力。当然周囲のことなど見えるはずもなく、少女とアルフォンスの言い争いはヒートアップしていく。
「あのなー！　マンガや映画での事が、そうそう起きてたまるか！　この現実世界で！」
「何を夢のない事を！　起こらなかったもしんないけど、アンタの日常では！　でも今こうして起こったでしょ！　夢が現実になったのよっ！」
　ここまで来ると、悪い悪くないの問題ではない。論点がずれてどちらも退くに退けなくなっている。誰かが止めてくれるまでこの口論は続くだろう。
　アーサーも勢い込んでユリカに代わり仲裁を買って出た手前、退くわけにいかないのは同じ。何とか割って入ろうとするきっかけを探すも、勢い付いた２人の口論はとどまることを知らない。
「そんな夢が現実になってたまるかってーのっ！　大体…」
「何よっ！　それじゃアンタには夢はないっての!?」
　タイミングを計る内に少年はいつの間にか、ハチミツ色の髪の少女の一挙手一投足を目で追っていた。派手なオレンジ色のツナギ（？）とポケットのたくさん付いた白いベストを除いて、見れば見るほど目の前の少女は今朝出会った少女に似ている。容姿も、髪型も、顔の特徴も、声までも、似ている。と言うよりもそっくりだ。明らかに異なるのは、雰囲気としゃべり方。特にハキハキとした口調はどう見ても今朝の女の子と同一人物とは思えない。もしかすると、双子の姉か妹が居るのでは。アーサーの思考は膨らむ。
　
「オレにも夢はある！　だけどな…」
「ほら、あるんじゃない！　だったら…」
　
　少年はもう一度、脳裏に今朝の衝撃的な出会いの場面を甦らせた。思い出せば出すほど、今目の前でアルフォンスと言い争いをしているハチミツ色の髪の少女は、今朝の砂浜の少女と似ていることを実感する。同時に砂浜の少女のあられもない姿と目前の少女の姿が重なる。慌てて頭の中からその煩悩を追い出そうと、両手で空中の何かを引っかき回す様は思春期の少年として当然の反応なのかもしれない。
　端から見れば十分に変な少年に映るだろうが。
　
「違う！　オレが言いたいのは…」
「何が違うって言うの！　同じでしょ！」
　
　気持ちを切り替え、アーサーは改めて口論を続ける２人を見据えた。
　時を同じくして少女が傍らにいたアーサーを一瞥する。少年はそれを合図にし、ここぞとばかり２人の間へ割ってはいった。
「ちょっと待った！　２人とも！」
「「！」」
　虚をつかれたアルフォンスの口が止まる。何事かを悟った少女も同じように口論をやめ、アーサーへ顔ごと視線を向ける。
　口論する２人を遠巻きに眺めていたカフェの客たちも新しいキャラクターの登場に驚き、事態の行方を見守っている。
　場の空気が変わったことを確認。少年は肯いて冷静な口調を繋げる。
「ちょっと待った。
　口論するよりまず当事者の僕を、置いてけぼりにしないで欲しい」
　自分の左右それぞれの手の平を両雄へかざし直し、少年が続ける。
「そもそも彼女がぶつかったのはアルじゃなくて僕なんだから、まず僕と話しをさせて欲しい。アルが僕の変わりに言ってくれるのは嬉しいけど」
　言葉を切り、アーサーがアルフォンスへ向き直った。多少オーバーアクションなのを分かって動いている。こうでもしなければこの酒好きの青年が退かないことは、少年が一番よく分かっていた。
「アルが捲し立てるといつまでも話しが終わらないよ。それに論点がずれてるし」
「ク…」
　痛いところをつかれた上、思い当たる節のあるアルフォンスは苦笑いを浮かべて、心理的に一歩、後退する。身体的にはユリカの隣りまで後退してしまった。
「それに君も人の話しをちゃんと聞いた方が良い。売り言葉に買い言葉じゃ解決しないよ、問題は。いつまで経っても」
　続けてハチミツ色の髪の少女にも釘を刺す。少女が一瞬たじろいだ様子を見て、アーサーは唇を閉じた。見事、事態を収拾できたことに満足感を覚える。…が、少女の乙女チックな怪しさはそんなことで怯まなかった。
「なによっ！　いきなり横から入ってきて！」
　結果的に火に油を注いでしまったのかもしれない。彼女の収まらない怒りの矛先は、今度はアーサーに向けられた。
「今はそいつとアタシの話しが先！　当事者っても邪魔しないで！」
「な！？」
　アーサーは仲裁に入ったことを少し後悔した。多分、この娘は一筋縄じゃいかない。
「邪魔って、僕は君に…」
「顔の上へ着地したって言うんでしょ！」
　臆面もなく言ってのける少女の態度がアーサーの頭痛を誘う。
「それは悪いと思ったけど、動かなかったそっちも悪いのよ！　あのまま歩いてればあんな事には何なかったんだし！」
　少年は一度、天を仰いだ。小さくため息をつく。神々さま、どうか僕にこの女の子を説得できるだけの知恵をお貸しください。祈りを捧げる。もちろんそんなことで良い知恵が浮かぶはずもなく、少年は項垂れるようにして少女と再び目を合わせる。
　彼女の眉毛はつり上がったままだ。
「あのね…。
　うーんと、そうだ。君の名前は？」
「アタシの名前が何か関係あるの？　この状況に？」
　あくまでつんけんした態度を崩さない彼女をなだめるよう、少年は極力柔らかい声を心がける。
「ちょっと気になることがあって。
　僕の名前はアーサー、アーサー・パイオニア。えっと…」
「……アタシはマルチ・ダイヤトーン」
　腕を組みそっぽを向いて、彼女マルチ・ダイヤトーンは自分の名前を名乗った。幾分、態度が軟化しているのは良い傾向である。
「で、アタシの名前を知ってどうしようっての？　アーサー」
　横目で少年の顔を盗み見ると、彼は目を見開き唖然と少女を見つめていた。
「…な、何よ」
　少女マルチの声がわずかに震える。鋭い語気がさらに柔らかくなる。
「…マルチ？　マルチ・ダイヤトーン？」
　うわごとのように聞き返す少年。マルチの頭の上で踊っていたたくさんの感嘆符が、１つずつ疑問符に化けていく。
「そう。マルチ・ダイヤトーン。
　で、あなたはアタシの何が気になるの？」
　攻守交代。一方的だったマルチの口調からはすっかり毒気が抜けている。
「君、お姉さんか、妹さんて居る？」
「え？」
　マルチにとって意外すぎる質問。彼女の頭上に特大の疑問符が踊った。この男の子はいったい、何を聞きたいのだろう？
「いるはずないでしょ、そんなの」
　苛立ちから再び言い回しはキツくなるが、口調は決して鋭くない。少年の奇妙な受け答えがすっかりマルチのペースを崩していた。
　それじゃまさか…。少女の答えは１つの確信をアーサーに抱かせた。しかし、彼の心はなぜかそれを認めようとしない。「砂浜の少女＝目前の少女」とするにはギャップがありすぎるのだ。
「…君、今朝、僕と会ってない？」
　ついにアーサーは核心をつく質問を投げかけた。
「今朝…？」
　少女が空を見上げ、思考を巡らせる。
　アーサーはその所作１つ１つを真剣に見つめていた。彼女がＮＯと言ってくれる事を期待して。
「…………！！！」
　スゥと息をのみ、少女の顔がみるみる紅潮していく。何かを思い出したらしい。
　少年は何も言えず理解した。間違いない。紅葉を散らしたように染まるマルチの頬に合わせて、アーサーの頬も染まっていく。頭をかすめたのはやはり今朝の衝撃的な出会いの場面。
　
「……どうしちまったんだい？　あの２人」
「さぁ？　急に黙っちまったなぁ」
　すっかり蚊帳の外に置かれたベルティとアルフォンスが呟いた。
　その隣りでユリカも事の成り行きを見守っている。
「今朝がどうとか言ってましたけど…」
　３人とも謎の少女のことはアーサーに任せっきりだった。
　
　２人を見つめる目線は店内のカウンターの中にもある。
「兄さん！　いいの？　放っておいて！」
　事態を静観するよう止められていたタクヤ・レキシコンだが、無視できる状況ではなくなりつつあるような。
「あれなら大丈夫だ」
　ユージス・レキシコンは自信たっぷりに肯き、再びレーザーナイフを振るい始める。
「あっちはいいから、早くそれの片付けを頼む」
　タクヤは渋々乾燥された食器を片付け始める。なんだかんだと文句を言いながらも兄の仲間たちを信用し、夕方からの稼ぎ時に備えるタクヤだった。
　
「そ…」
　止まっていたマルチの唇が身じろぎするように言葉を吐き出す。
「え？」
　次の言葉を待つアーサー。
「そんなことはいいでしょどうだって！！　話し元に戻して！」
　照れ隠しなのか、話しがすり替わっていたことに怒ったのか、マルチは真っ赤になって少年へ詰め寄る。
「どうだってよくない！　質問に答えて！」
　もう疑問を差し挟む余地はない。今、目の前にいるのは、あの少女なのだ。そう思うと、アーサーはなぜか無性に腹が立った。理由は分からない。
「後で答えてあげるわよ！　今は先に謝りなさい！　さっきのこと！」
　売り言葉に買い言葉。少女の言動は既に無茶苦茶である。
「何で僕が！？
　質問には答えないし、悪いことは棚に上げる。ちゃんと人の話しを聞いてって言ったでしょ！！」
　アーサーの頭の中も既に冷静ではなかった。
　お互いが鋭い目つきで対峙している。つい今し方のマルチ対アルフォンスと全く変わらない構図。
　
「あーあ、始めちゃったよ」
「あなたが言わないでください」
　自分のことを棚に上げて呟くアルフォンスへすかさずユリカが突っ込む。当然、ユリカも自分が仲裁に入れなかったことは棚に上げている。
「ああなると止められないって。お互い納得するまでやり合うしかない」
　どこか達観したアルフォンスの言葉が宙をさまよう。青年はポケットからウイスキーフラスコを取り出し一口含んだ。
「確かにそうだけど」
　ベルティがアルフォンスの言葉を引き継いで続ける。
「あ、おい」
「このままじゃいけないでしょ？」
　そう言って青年から奪い取ったフラスコ内のウイスキーを一口。
「…やっぱり、あんたの嗜好は確かね。悪くないわよ、これ」
　一言付け加え、フラスコをアルフォンスに返すと、ベルティは言い争いを始めた２人に近づいていった。ウッドデッキを踏みしめる靴音はやけに迫力がある。
「たく、勝手に人のを」
　文句を言いながら、アルフォンスはもう一口だけフラスコを傾けた。
「……間接キッス？」
「うるせー！」
　ぼそっと突っ込むユリカをアルフォンスが突っ込み返した。
　
　アーサーとマルチの言い争いは外野をよそに続いている。
「何で僕が謝らないといけないんだよ！　君が上から…」
「アタシはアーサーが動くと思ったからそこへ飛び降りたの！　途中で軌道修正なんて…」
　普段は仲間たちに丸め込まれてばかりのアーサーだが、納得がいかなければ折れることはない頑固な面がある。マルチも頑固者であることに加え、負けん気が強いようだ。どんなに攻められても屈せず挑んでくる。
　結果、２人の言い合いはどこまで行っても平行線なのである。
「コラ２人とも。いい加減にしなよ」
「ベルティ…」
「…………」
　このようにしっかりとした第三者が間に立たなければ、問題は解決しないのだ。
　ベルティは２人の瞳を交互にのぞき込んで続けた。
「アーサー。あんたはもうちょっと冷静になりなさいよ。この娘とあんたはそっくりなんだから」
　我が子を叱るようにアーサーを諭すベルティ。
「でも…」
「ミイラ取りがミイラになっちゃ意味がないの。自分が喧嘩腰だと相手もそうなっちゃうんだから。相手は自分の鏡、よく覚えておきなさい」
「ハイ…」
　少年は何も言い返せない。ベルティの言い分は正論である。
「ま、あのアルよりはよっぽど良い対応だったわよ」
　ニカッと笑ってみせるベルティ。落ち込んでいたアーサーも少しだけ笑った。
「さて、問題はあなたね」
　マルチの瞳を真っ直ぐ射抜く真摯なルビー。少女は恐縮し何も言えない。見つめられるまま、その視線を美女に向かって返している。
「色々聞きたいことはあるけど、まずはあなたがアーサーに謝りなさい。どんな理由があれ、あの状況ではあなたが悪いのよ」
　少年を諭した時よりも静かな口調でセリフを紡ぐ。穏やかである分、余計に凄味が利いている。
　いくら負けん気の強いマルチでも逆らえるはずはなく、
「……アタシが悪かったよ」
　少女は渋々、頭を下げた。
「私じゃなくて、アーサーに謝りなさい」
　幾分、しかめっ面ながら、マルチはもう一度、今度は少年に向かって頭を下げた。
「……ゴメンなさい」
「う、うん」
　何ともバツの悪そうに受け答えるアーサー。
　少女は何となく分かっていたのだ。自分に非があることは。ただ持ち前の勝ち気な性格がそれを邪魔していただけ。ベルティはそのことをすぐに見抜いていた。
「はい、よくできました。
　それじゃどうしてこういう状況になったのか。あなたがあそこから登場しなきゃならなかった理由を教えてもらえる？」
　ベルティはマルチの目線と自分の目線を合わせるように屈むと真っ直ぐ少女の瞳を捉える。先ほどまでの鋭さは影を潜め、代わりに穏やかな色が浮かんでいる。
「それは…」
　少女は視線を外して足下のウッドデッキを見た。
　言いづらい理由でもあるのだろうか。美女は少女が話し始めるまで、静かに見守る。
　何度かウッドデッキとベルティの顔を見比べ、少女は優しい瞳に促されるまま口を開いた。
「アタシは…」
「その理由については私からお話ししましょう」
　突如、空気を切り裂き、聞き知らぬ男の声がベルティたちの背中から聞こえた。
　チームグローブの４人が振り返る先、カフェテラスのメインストリート側に１人の男が立っていた。全身黒尽くめ。ネクタイまでも漆黒の彼は慣れた手つきでホンブルグ帽を脱ぐと、胸の前に添えた。
　紳士然とした男は、淀みなく口を動かしこういった。
「その方は逃亡者です。我々からの」