「……ァアアァッ…！ ンゥ…！」
背もたれの向こう側から、金色の長髪が躍り出た。嬌声を伴い理性を忘れたように頭を振り乱して。
行為の激しさを暗に示す、飛び散る汗や粘液。
続け様、ソファーの影から伸びた白く細い腕が、彼女の頭をしっかりと捕まえると、そのまま柔らかなソファーの海へ誘うように沈めてしまう。
うっすら開かれた紅色の瞳に映り込む、天井の造形は滑らかに過ぎ去り、続け様視界を埋めつくす愛しい人の瞳、艶姿。茹で上がった頬を濡らす珠玉の汗。塞がれた唇を強引に割って入ってきた舌の動きが、彼女の欲深さを物語る。
『…な…、のは……』
唇から濡れ損なった希求の言葉は彼（か）の女（ひと）の心へ直接送り届けられる。水面に落ちた雫が描く波紋のように、その単語は想い人の心を揺さぶり、淫らを加速させる。
「ンフ……、フゥ……」
「クゥ……。キ、ァァ……」
軋みを上げるソファー。
異常に粘度の高い水音と、それに続く濡れたゴムが打ち合わされるような音。
時折、小さく小さく濡れる子猫のような鳴き声。
絡み合う舌を色取る融けた銀細工。
夜光を受けて仄かに浮かび上がるシルエット。滑らかに香り立つ柔肌の輪郭。
ひしゃげ擦り合わされた胸はとても柔らかそうで、弾むように主張する突起が淫猥さを煽っていく。
緊張感が部屋を支配している。容器の縁、ギリギリまで満たされた水のように。ピンと張り詰めた糸が最後の砦。
「フッ！ ンッ！ ンッ！ ウッ！」
「アッ！ ンッ！ ンッ！ クゥ！」
打ち合わされる肌の音の大きさとピッチが上がっていく。
吐息はもはや助けを求める悲鳴にも似て。
蠢く舌がその動きを止めた瞬間。
――カシャン……。
２人の秘部を接いでいた器具から小さな小さなカートリッジが飛び出し、
「ンウゥゥゥゥ――――…………ッ！！！」
「フウゥゥゥゥ――――…………ッ！！！」
同時に鼻腔から声にならない悲鳴が上がった。
そして、お互いの身体が何もかも融け合い、１つになってしまうほどの快楽の波が２人を襲う。
否、もしかすると２人は本当にその瞬間、１つに融け合ったのかもしれない。少なくとも心はそうだったのだから。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
重なり合う激しい呼吸音。
身体を預け、余韻を味わうフェイトと、彼女の重みを感じ、充足感に浸るなのは。
直後、２人を接いでいた器具から魔力の残滓が気体となって排気された。
「なのは…」
「フェイトちゃん…」
お互いに耳元で恋の呪文を囁く。
愛おしそうに乱れた髪を撫（な）で愛（あい）ながら、２人はもう一度、今度は触れ合うだけの優しいキスを何度も繰り返した。
溢れ出た汗を拭うよう、なのはは優しくフェイトの身体に触れていく。
「あ…。ん…」
達したばかりでまだ敏感に反応するフェイトの身体。なのははそれが面白いらしく更に敏感な箇所へ手を伸ばそうとした。
その時。
フェイトの手が閃き、なのはのその手を掴んだ。
「なのは…」
ちょっぴり低いトーンで。これ以上は駄目と拒否の姿勢をやんわりと示す。
困ったような笑いを浮かべながら、フェイトの促す視線を探ると、デジタルな数字が既に１時を過ぎたことを示していた。
これ以上は明日に響くからとフェイトは行為の続行を拒否した。
なのはは残念そうに肩をすくめ、
「ゴメンね」
小さく舌を出して詫びた。
フェイトも苦笑し、ゆっくりと身体を起こしつつ、秘部同士を繋げていた器具を引き抜く。
「ん……」
「あ……」
誘惑するようクチュリと粘着質な音が響くが、彼女はそれを無視して引き抜いた器具を傍らに置いた。
ここでその誘惑に流されてしまうと、確実に再現が無くなってしまうから。
「……そう言えば後でちゃんと報告に行かないとね」
ソレを見つめるなのはの顔に苦笑いが浮かぶ。今更ながらその事実を思い出し、フェイトは真っ赤になって俯いてしまう。
多分また、マリーにもシャーリーにも根掘り葉掘り質問されるだろう。試作品を使わせてもらうためとはいえ、この上もなく恥ずかしい条件を呑んでしまったものだ。
けれどそれを差し引いても余りある気持ち良さが得られるし、何よりなのはが喜んでくれることが大きい。フェイトにはもうソレを使わない理由がなかった。
せめてオンラインモニターは外してもらえものかと苦慮しつつ、ソレを仕舞おうとした時、
「ママァ…」
２人のすぐ間近な所から幼い声が聞こえた。
「ヴィ！ ヴィヴィオ！？」
「！」
２人は息を呑み固まる。
こうした事態を想定していなかった訳ではないけれど、いざ、その場面になってみると、考えていた対処法が全て、頭から吹き飛んでしまう。
「ママたち、何してるの？」
この瞳を裏切りたくないと思えば思うほど、どうこの場を切り抜けて良いものか。ますます思考は迷路に入り込んでしまう。歴戦の勇士として名高い高町教導官でも、百戦錬磨の交渉術を持つハラオウン執務官でも対処しきれない場面。
「ヴィ、ヴィヴィオこそどうしたの？ こんな時間に」
的外れな質問に思えたが、今は少しでも言い訳を考える時間を。
「ノド、かわいたの。
…なのはママもフェイトママも顔が赤い。どうしたの…？」
眠そうな眼（まなこ）を擦りながら、ヴィヴィオがなのはの額へ手を伸ばした。
「えと、その…」
さすがに愛し合っていましたという明確な回答は、教育上よろしくないだろう。困り果てたなのはが一瞬、アイコンタクトを送る。
するとフェイトはすかさず、フォローに入った。
「うん、あのね、ヴィヴィオ。なのはママは、最近ちょっと、疲れが溜まってたみたいだったから…」
『なのは、なのは』
『フェイトちゃん…』
『私の話しに合わせて。私が何とかするから』
『…うん、分かった』
「そうなの。最近は朝がツライ日があって…」
なのはは小さく頷くと、差し障りのない程度に脚色を加えて、フェイトの言葉を引き継ぐ。
「だから、私がなのはママにストレッチをしてあげてたんだ」
諭すような口調でヴィヴィオの視線を自分の顔に向けさせつつ、身体を支えるよう自然に後ろへ回された手が、秘め事に使われた器具をそっとソファーの影へ。ヴィヴィオからは見えない位置へ動かす。
「すとれっちって？」
「んーと、こう身体を曲げたり伸ばしたり…」
今度はなのはが、身体をソファーの上で起こして、説明した通りに腕を動かす。今の態勢では若干、無理が感じられる話しだが、ヴィヴィオが相手なら多分、大丈夫だろう。
それよりも早くこの状態から脱しないと。フェイトの視線がなのはの胸へ集中している。
『フェイトちゃん。…………フェ・イ・ト・ちゃん！』
『あ！ ゴ、ゴメン……』
『…………今、ドコ見てたの？』
『…………なのはのエッチな胸。見てました』
言われて、自分の胸がどうなっているかを確認したなのはの顔がボンッと音がしそうなほどの勢いで赤くなった。
せっかくフェイトが“ストレッチ”という良い球を投げてくれたのに、自分が取り損なって墓穴を掘ったみたいだ。
「なのはママ、お顔が赤くなった」
ヴィヴィオが見たままを素直に指摘する。邪気のない瞳に見られることはこんなに恥ずかしいものだろうか。これならまだ先日の羞恥プレイ（？）の方がマシだったような。
「そ、そうなんだよ。これやってるとすぐ身体が熱くなっちゃって…」
「そなんだ」
本当かな？と言う思いを言葉の端に滲ませながら、ヴィヴィオがなのはのやった腕の動きを真似しようとする。
『なのは。今の内に』
『え？』
なのはがその言葉の意味を理解するより早く、フェイトは立ち上がり、浴室へ向かう。
「汗、かいちゃって気持ち悪いだろうから、お風呂、沸かすね」
「あ！ …うん、ありがとう」
浴室へ消えるフェイトをなのはの念話が追いかけた。
『フェイトちゃんて。こういう状況、慣れてない？』
『……うん。クロノやエイミィのお陰で』
なぜか恥ずかしそうな声色が交じっていたが、彼女はそれ以上は追求しないことにした。
「なのはママァ」
「ん？」
「私も…」
キュッと彼女の小さな手が、色々な液体で濡れたなのはの人差し指を握る。
見つめてくるヴィヴィオの瞳はちょっぴり悲しそうだ。１人だけ仲間外れにされるとでも思ったのだろう。
「…大丈夫。ヴィヴィオも一緒だよ」
「ワーイッ！」
悲しい顔も寝ぼけ眼もどこへやら。ヴィヴィオがしっかり甘えてくる。自分の顔が濡れてしまうのも躊躇わず。
なのはは確かに感じていた。
いつもフェイトと愛を交わす度に心を過ぎっていた一抹の不安や寂しさ。
今も少しだけ心の空白を燻らせる、愛しい人の肌の温もりが離れて行ってしまう感覚。
それを埋めてくれたのはこのヴィヴィオなのかもしれないと。
ずっと探し求めていた宝物。
幸せのジグソーパズルを形作る最後の１ピース。
それが彼女かもしれない。
ご機嫌で自分の人差し指を握りしめ、浴室へ導いてくれる小さな女の子を見ながら、なのはは聖母の微笑みを湛えていた。