秘密の包囲網 ： Secret Reverberations

「ンフ…フゥ…」
　静まりかえった室内に響く、くぐもった小さな、小さな吐息。
　デジタル時計が指し示す時刻は既に翌日のもの。
「ファ…ンクゥ……」
　ピチャ…、ピチャ…。
　吐息の合間に漏れ聞こえる水音が、そこで起こっていることを如実に表していた。
　キングサイズの大きなベッドの上。シーツによって形作られる人の形をした２つの膨らみとその間に挟まれた小さな膨らみが１つ。
　吐息も水音も、身じろぎをするように繰り返される衣擦れの音も、その２つの膨らみの間から発せられていた。
　シーツの上に広がる黄金色の草原はフェイトの髪。
　他方、亜麻色のなのはの髪は、絹のように柔らかい光沢を放っている。
「フンゥ…ゥゥンゥ…」
　クチュ…、クチュ、チュルゥ…。
「ンンンゥ…フ、ゥフウ…ゥ…」
　唇を密着させ、つかず離れず。
　絡み合う舌同士の間から発せられている音は、鼻腔から漏れる吐息と相成り、とてもいやらしく部屋の空気を惑わす。特に２人の唇の周囲だけは、糖度の高い粘着質な水分が振りまかれ、ハチミツを溶かしたような甘い空気が漂う。
　もう10分近く、２人の少女はお互いの唇を貪り合っていた。
　そう、愛を交わすこの時だけは、なのはもフェイトも隊長としての凛々しさや流麗さを忘れ、出会った頃のような無邪気な少女に戻るのだ。
　しかも今夜はフェイトが珍しくなのはを積極的に攻めている。
　左手でなのはの後頭部をしっかりと固定し、右手はなのはの腰に回され、抱き寄せる格好だ。
　一方のなのはは、両手とも２人の間で寝息を立てるヴィヴィオを抱き抱えることで塞がれてしまい、反撃に出ることが出来ない。
　あるいは彼女に触れていることが最後の理性の砦なのかもしれない。
　フェイトはそんななのはの状況を利用して完全に主導権を握っていた。
『フェイトちゃぁ…ん…』
　頭の中に響くいやらしい水音と戦いながら、なのは何度も舌っ足らずな言葉遣いで念話を通し、フェイトへ呼びかけている。
　下半身から沸き上がってくる欲望に身を任せてしまったら、腕の中で安からに眠るヴィヴィオはどうなってしまうのか。もし目を覚まされたらどう言い訳すればいいのか。
　フェイトとの関係に後ろめたさはないけれど、今はまだ秘密にしておきたい。仮にもママとなったなのはの理性が、最後の抵抗を試みている。
　慣れない状況が羞恥心を煽り、なのはを焦がす。脊髄を焼く。
『フェ…フェイトちゃ……ぁ…』
　何度目かの念話。
　なのはが呼びかける度、フェイトが返す答えはより攻撃的で柔らかい舌の動き。舐め、吸い、絡め取り、かき回す。一体どこで覚えたのかと思えるいやらしい動きが連続する。
　室内が静かなせいだろう。
　２人の絡み合う舌から発せられる音は、いつもよりも強く、なのはにその行為の意味を突きつけてくる。
　（…なんか…スゴくエッチだよぅ…）
　彼女はヴィヴィオに気が付かれないよう、内腿を擦り合わせる。
　下着の冷たさが、ソコがどれほどはした無いことになっているのか、伝えてくる。同じ場所が熱く火照っているだけ余計に強く。
　クチュ…、クチュ…。
　水音が響く。
　ベッドに、シーツに、そして夜の闇に吸い込まれてもなお、その音はなのはの鼓膜を震わせる。しかもお風呂場か、あるいは鍾乳洞のような、豊かな響きと音場感を伴って。
　その上どうやっているかは分からないが、フェイトはその音を念話にも載せてなのはの頭の中へ直接、届けてくるのだ。
　クチュ、クチュ、ペチャ、ペチャ、チュル…ゥ、チュル…ゥ…。
　頭の中へ落とし込まれた淫音は波紋のように、そして三次元的な球面波として広がり、何度も何度も意識の中で反響を繰り返す。むしろそれは鼓膜から侵入してきた水音と合わさり、永遠に続く輪唱のようだ。
「ンン…クゥ…」
　なのははもう一度、内腿を擦り合わせる。
　衣擦れの音に混じって小さな小さな水音がしたような。
　（パジャマまで染みてるかも…）
　ふと、そんな考えが頭の隅を過ぎる。それは益々、自分自身を追い込んでしまうのだが、彼女はその思考を止めることが出来ない。つい想像が膨らんでしまう。
　気持ちを切り替えようと薄目を開けるなのは。
「ふゥ！」
　くぐもって聞き取りにくいはずの彼女の声。それが一オクターブも跳ね上がったことを聞き取れるほど荒い鼻息が漏れた。
『フェ、フェイ……』
　散漫だった水音が一気に目の前へ定位する。
　暗い場所でも分かるくらい、赤く火照ったフェイトの頬。その下で蠢いている舌の動き。
　そして、なのはの腰を固定していたフェイトの右手が、パジャマと下着の陣形を突き崩し、一気に素肌へ到達した。
「フェッ！！」
　開きかけた瞼をギュッと瞑るなのは。
　彼女の声を無視し、その唇を塞ぎ直して、フェイトの右手は更に奥深くへ。
　お尻の膨らみを数度、撫で回して柔らかさを堪能する。
　それからお尻の谷間に沿って更に奥へ奥へ。
『ヒッ！』
　秘密の花園以上に恥ずかしい窄まりを薄く掠め、ついにフェイトの右手はその泉の縁へ到達した。
『フェ、トちゃ、ソコは……』
　なのはの念話を無視して、フェイトの指はなのはのソコから溢れ出た粘液をすくい取るような動きを見せ、
「ヒィアッ！！！」
　先程は軽く素通りした窄まりに押しつけた。その愛液をまとわりつかせた指を。
　なのはの悲鳴はすぐ闇へ吸い込まれ、代わりにその窄まりが収縮してフェイトの指へ抵抗の意思を示す。
　しかしその気持ちとは裏腹にソコは収縮する時、少しだけフェイトの指先を巻き込んでしまっている。
　心ならずも侵入を許容するように。
「フェイトちゃ、ん…」
　ようやく解放された口を目一杯呼吸に回し、息も絶え絶えのなのはがフェイトの瞳を見つめる。
　情欲の炎を宿した真摯なルビー。
　最近は滅多なことで見ることの出来なくなった、フェイトの嫉妬と甘えが混濁した瞳。
　素直に甘えたくても甘えられない（あるいは甘えたくない）鋭い眼差し。
　端的に言ってしまえば拗ねた表情の顔。
　平生のなのはならそれを見ただけで、優しくサディスティックに口元を緩め反撃に出るだろうけれど今はもう、気持ちの上でフェイトの淫惑に負けている。
　不意に。
　その顔がズームアップしてくる。
　また唇を塞がれると思い、なのはは無意識のうちに目を閉じた。
　だが訪れたのは頬と頬がふれあう感触。
「なのは……」
　行為を始めて初めてフェイトの生の声が聞こえた。
　しかも耳元で囁くように、直接鼓膜へ侵入したその声は。
　あまりに甘く、艶っぽくなのはの官能を揺する。
「欲しいでしょ…？」
　ドクンッ！
　なのはの下半身で何かが弾け、離れていくフェイトの頬を追いかけるよう、目の前の少女の瞳を見つめる。
　淫らに魅入られたフェイトの瞳はこの上もなく淫靡で、しかも挑発的な冷たさを持っている。
　ずっと昔、お互いの想いをぶつけ合ったあの頃にも似た瞳。
　誰にも見せない、なのはと２人だけの秘密の貌(かお)
『なのは』
　届く念話。
『とってもエッチな顔、してるよ』
『うん』
　自分でも自覚している。
　口の中に残った味とか、蕩けた唇とか、すっかり濡れてしまっているアソコとか意識しなくても今の自分は…。
「…エッチな顔、してるよね」
　自分の声で更に頬は染まり、下半身に熱が沸き上がる。
　フェイトの念話よりも、倒錯した想像よりも、理性が追い詰められた気がする。
　改めてはやてに身を持って教えられた言葉の意味を噛みしめる。
　――女の子は皆、“音”で感じるんやで……。
　もうこれ以上、理性を保つのは、無理だ。
　視線が融け合うほど熱っぽく見つめ合い、そして。
　瞳の合わせ鏡に写ったお互いの顔をまぶたの奥にそっとしまい込むと、２人はどちらからともなく唇を合わせる。
『フェイトちゃん』
『なぁに？』
『今夜はもう降参するから』
『するから？』
『ソファ、行こうよ…』
『えっちな、なのは…』
　念話の端から微笑みが零れた。

　ヴィヴィオを起こさないよう、なのはがそっと彼女に枕を抱かせると、フェイトはすかさずなのはを抱き上げ、ソファへ向かった。
　濃密な残り香だけをベッドに残して。
　なのはの頭の中ではずっと舌の融け合う音が響き続けていた。