仔猫の呟き
１
うっすら感じる白い光。
ほんのり体中が暖かくて。ママってこんな感じなのかな…。
「…………ん、ふぁ〜…。んーにゃぁ…？」
大きなあくび１つ…。
大きなのび１回…。
いつものように手を舐めて、顔をこすって…。
ん？ なんかいつもと感覚が違うような…。
ボクは恐る恐る、ゆっくり目を開けてみた。
目に入ってきたのは、真っ白いカーテンの光。すこしまぶしい。
起きあがって壁の時計を見る。針はもうすぐ１０時を指そうとしてる。
「も〜ぉ、朝〜ぁ？」
まだ頭の中がモヤモヤする。ボクは朝が弱いんだから。
「ふぁ…」
もう１つ大きなあくび。それと、
ブルル…。
「寒い…」
思わずフトンの中に潜り込んだ。
よくＴＶで都会の冬は暖かいって言ってるけど、ボクにとってはどこでも同じ。寒いものは寒い。
しかもお兄ちゃんが「こーねつ費の節約」とか言ってあんまりストーブ付けてくれないの。だから余計に寒く感じちゃう。
あれ？ そのお兄ちゃんはどこ？
おフトンの中にいない。ニオイと暖かさはまだ残ってるのに。
寒いときにくっつくとすごく暖かいから大好きなんだけど。
どれほどおフトンの中を潜ってもお兄ちゃんはいない。
もしかして！
寒いのをガマンして顔だけおフトンから出してみる。
部屋の中を見回すとやっぱり。
お兄ちゃんは台所でゴハンを作ってた。
いいニオイがする。
だけどちょっと待って。今までこんな美味しそうなニオイしてたっけ、みそ汁って。
ジーッと後ろ姿見てたら、お兄ちゃんがふり返った。
「お！ 起きたか。おはよう」
お兄ちゃんが優しい笑顔でそう言ってくれたから。
「おはよー！ お兄ちゃん！」
ボクも大きな声で答えた。
するとお兄ちゃんのホッペがちょっぴり赤くなって、
「お兄ちゃんか……」
なんか恥ずかしそうに、床を見てる。
ボク、なんか変なこと言った？
「フ…、よし！ 元気がいいぞ」
格好良くちょっとだけ笑ってほめてくれた。
「えへへへ……」
嬉しくって自分の顔が柔らかくなる。
「ちょっと待ってろ。もうすぐでコレができるから」
お兄ちゃんが左手のおハシで指した“コレ”。ちっちゃなおナベの中はたぶん、おみそ汁。
本当に不思議だけど、とっても美味しそうなニオイがする。
こんな風に感じるの初めて。
今までお兄ちゃんの料理が不味かったってわけじゃないよ。おみそのニオイが苦手なだけだったんだけど。
今日はなんかヘンなのかなぁ…。
「ほい、ちょっとゴメンよ」
ちょっと考えてる間に、おぼんを持ったお兄ちゃんがまたいでいった。
「飲んだ次の日はコレが一番！」
そう言いながらお兄ちゃんがコタツの上に、おみそ汁、ご飯、ハムとレタスと切ったトマトがのったお皿を並べる。
「こっちはお前の分」
お兄ちゃんとちょうど向かい合わせになる席に、同じ３つの食器が並べられた。
「？？？」
ボクの分てどういう事？
わけが分からないまま並んだゴハンとお兄ちゃんの顔を交互に見る。
ねぇ？ ボクの分て…。
「どうした？ 食わないのか？ 味は保証するぜ」
お兄ちゃんが不思議そうにボクのことをのぞき込んでくる。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
ボクは恐る恐るお兄ちゃんに聞いてみた。
「ん、なんだ？」
お兄ちゃんの顔はどこまでも優しい。
「何でボクもおはしなの？」
「え？」
あ、もしかして聞いちゃいけなかったのかな。
お兄ちゃんがすごいビックリした顔してる。
「何でって……。箸がないと食べられないだろう」
「だっていつもはお皿によそってくれるだけでしょ？」
「いつもって。それじゃいつもはどうやって食ってるんだ？」
不思議そうに聞き返してくるお兄ちゃん。
「そのままお皿に口を付けるよ」
「…………それじゃ行儀悪いだろう」
そんなこと言われても。
「お兄ちゃん、今まで何も言わなかったじゃない」
「ん？ ちょっと待てよ………」
お兄ちゃんはおでこに左の指をあてて、下を向いちゃった。なんか考え込んでいるみたい。
「お前の口ぶりだと俺と住んでたみたいだけど」
「？ そうだよ。今までずっと一緒だったじゃない」
もう一度、さっきと同じ格好をするお兄ちゃん。
「よし！ 根本的なこと聞くぞ。
お前は誰だ」
お兄ちゃん、何言ってるの。
「ボクはレイだよ。お兄ちゃんがつけてくれたでしょ？」
「レイ？ 玲って子猫の玲か！？」
「そうだよ。どっかからどう見てもボクでしょ？」
お兄ちゃん、大丈夫かな。
あ、また下向いちゃった。なんかブツブツ言ってるし。
「お前、頭大丈夫か？」
そんなの、
「大丈夫だよ！ お兄ちゃんの方こそ大丈夫？」
なーんかちょっとだけ頭きた。まさかボクのこと忘れちゃったなんてないと思うけど。
「…………よしわかった。
話しを整理しよう。俺は大丈夫。お前も大丈夫」
「うん」
ボクはしっかりうなずく。
「そして、俺はお兄ちゃんで、お前は子猫の玲だって言うんだな？」
「うん」
もう一度。今度はさっきよりももっとしっかりうなずく。
「どう考えてもなぁ、どっか変だろう？」
「どこが？」
お兄ちゃんがコホンて１回せきをしてから、ジーッとボクのことを見つめる。
そんなに長く見つめられると恥ずかしいよ。
「変なところは２つ。
まず、何でお前は俺が子猫を飼ってることを知ってるのか。
そして、何で人間のお前が子猫の玲だって言えるんだ？
そもそもお前、いつからここに？ どうやって入ったんだ？」
……え？
「お兄ちゃん、今、なんて、言ったの？」
今の聞き違いだよね？
「どうしてお前がそんなに俺のことを知ってるのか」
「そうじゃなくて！」
思わずこたつへ乗りだし、お兄ちゃんの顔をのぞき込む。
「……人間のお前が、子猫の玲なわけないだろう。
どうして俺のところへ来たのか、わけを教えてくれ」
人間て…。
「お兄ちゃん、ボクのこと人間て…」
「ん？ だってそうだろう？ お前はどっかからどう見ても歴とした人間だし…」
「人間？ ボク人間？」
わけが分からない。お兄ちゃんがボクのこと、人間て。えっ？ だってボクは子猫…。
「本当に大丈夫か？ お前は人間だよ。子猫じゃない」
お兄ちゃんがきっぱり言ってる。
ということはまさか、本当に…。
「ボク、人間なの？」
「当たり前じゃないか。何を言ってるんだ…」
本当の本当にやったんだ！ サンタさんが願いを叶えてくれたんだ！
「やったーっ！！ やったよお兄ちゃん！！」
とっても嬉しい！ 外へ向かって叫びたい！ 立ち上がって踊りたい気分！
「何がそんなに嬉しいんだ？
お前は見た目通り、人間の男の子だろう」
「えっ！？ 男の子……？」
お兄ちゃんが得意そうにうなずいている。
「そ、お前は立派な人間の男の子だよ」
今の聞き違いだよね？
お兄ちゃんに聞こうと顔を向けると、お兄ちゃんは何度もうなずいていた。
