おまけ
暗闇を灯す小さな明かり。
一瞬で消えたその光を追うように、白い煙が同じ場所から広がる
研究施設の地下に埋設されたライフライン用のパイプ。真っ暗闇のその中に屈強な男は逃げてきていた。大して広いわけではないが、大人１人が楽に歩き回れるくらいの空間はある。しかもここの監視体制は手薄で、侵入には打って付けだった。
彼が背をもたれる壁の向かい側には、抱えてきた２人の女が倒れたまま。自分の膂力を自慢している男といえど、この２人を抱えてここまで来るのはかなりの体力を消耗した。
『全く……。感謝しろよ』
男が呟くとまるで聞いていたように、澄んだ高音のロシア語が返ってきた。
『言われなくても、感謝してるよ』
『……ほう』
いつの間に気が付いていたのか、女の１人が目を閉じたまま、続ける。
『あの時点でアタシ達も引くべきだったね……。あのボウヤ、只者じゃなかった』
何を今さらといった感じで、男は手を振る。
『……この子がいるといつもあんな感じさ』
そういって女は上体を起こし、自分のすぐ横でまだ気が付かないもう１人の女の髪を梳く。
『フ――……。ご苦労なこった』
吸い込んだタバコの煙を吐きつつ、男は目線を落とす。
『…しかし、アンタ饒舌だね。俺らみたいのが』『分かってるよ。すぐ行くさ』
男の言葉を遮るように女が続ける。続けながら立ち上がり、もう１人の女を背負う。
『情けは無用。次に会ったときには』『言われるまでもねぇ』
フィルター近くまで吸い終わったタバコを男は指でもみ消し、胸のポケットへ仕舞う。証拠を残すわけにはいかない。
女は何も言わず、立ち去ろうとしたとき。
『ああ、そうそう』
男が何事か、引き留めた。
『あのボウヤ、李家の人間だそうだ』
それだけ言うとニヒルに唇の端を持ち上げた。
『……Большое Спасибо．（バリショーェ スパシーバ：どうもありがとう）』
女がロシア語で感謝の意を告げる。
『Ｙｏｕ’ｒｅ Ｗｅｌｃｏｍｅ．（ユア ウェルカム：どういたしまして）』
男は恭しく頭を下げる。
そしてお互い逆方向の暗闇の中へ、姿を消した。
