1.
梅雨を間近に控えたある日の放課後――。
日誌を書き終えた小狼は職員室へ急いでいた。担任に提出するためだ。
（やはり鞄を持ってくるべきだったか…）
心の中でちょっぴり後悔のため息を漏らす。
職員室は新校舎の２階にある。教室からは一度本校舎を１階まで降りて渡り廊下を通り、新校舎の２階へ上がらなければならない。入学した頃の期待や興奮が薄れてきた今では、その道のりが意外と面倒に感じられる。
鞄はせめて１階の昇降口の下駄箱か、職員室の出入り口まで持って来ても良かったのかもしれない。誰に取られるわけでも、悪戯されるわけでもないのだから。
なまじ李家の次期当主としての教育が行き届いているためか、彼は気を遣いすぎる節があった。
ふと渡り廊下の途中で校庭の一角に目が留まる。水飲み場の横に少女が１人、佇んでいる姿が目に入った。
（あれは……）
あの後ろ姿は多分、大道寺知世だろう。この時間にあんな所にいるのは珍しい。
だがそこにいる理由は、すぐに察しが付く。彼女の目線の先にはいつもアイツが居るのだから。
恐らくは部活中のさくらの様子を見守っているのだろう。
小狼は一瞬だけ気を取られたが、すぐ止まりかけた足を速めた。校庭までは距離があったし、彼女がちょうど彼の女性(ひと)との間に立っていたということもあるし、その場に止まってじっと見るのも変だと思ったから。
少年は先を急いだ。
「失礼しました」
軽く頭を垂れ、小狼は職員室を辞した。
そのまま急いで来た道を教室まで戻る。やっぱり鞄は持ってくるべきだった。
途中、再び知世の姿を確認する。さくらの部活はまだ終わっていないらしい。
教室へ戻ると、既に机や椅子の影は長く延びている。ここを出た時と数分しか違わないのに、それら黒い影を引き連れた机や椅子たちは何かのオブジェのようでもあった。
壁に掛かった時計を見る。もうすぐさくらの部活も終わる。窓の戸締まりを確認しながら見下ろした校庭に、その様子が見て取れた。
小狼は鞄を持ち、最後に教室を振り返る。
（また明日…）
そう心の中で告げ、少年は昇降口へ向かった。
「明日から中間試験(テスト)の準備期間で一週間、試験中の３日間も部活動はお休みです。各自、試験勉強に励んでください。
特に初めてですから１年生にとっては。頑張ってくださいね」
整列した女子部員たちを１人１人見つめながら、顧問は告げた。
「今日はこれで終わります」
「ありがとうございました！」
『ありがとうございました！』
キャプテンに続いて元気よく挨拶をし、チアリーディング部は解散となった。
銘々、お喋りをしながら散っていく。更衣室へ向かう子。当番の後片付けを行う子――。
さくらは水飲み場の横へ置いていた自分の手荷物の元へ向かう。
ふとそこに見知った顔を見留め、少女の顔が綻んだ。
「知世ちゃん！」
「お疲れ様です。さくらちゃん」
そう言って黒髪の少女は微笑み、タオルを手渡した。
「あ、いいよ。自分の使うから…」
「いえ、せっかく用意したのですから使ってくださいませ」
優しい笑みを崩さず、知世は手に持ったタオルを勧める。
「…そう？ それじゃ」
おずおずと受け取りさくらは、その柔らかい布地に顔を沈めた。知世らしい優しいラベンダーの香りがする。それを胸一杯に吸い込むと、顔の火照りが引いていく。高揚が治まっていく。
「……さくらちゃん？」
タオルへ顔を沈めたまま、一向に動かないさくらを知世が不思議そうに覗き込む。
「エヘヘ。私好きなんだ、知世ちゃんのこの匂い。なんかお姉さんぽくてステキだよね」
顔を上げ悪戯っぽく微笑むさくら。
知世の胸がドキンと跳ねた。それでも平静を装い、優しく微笑み返す。
「ありがとうございます。さくらちゃん」
そう言って彼女は深々と丁寧に頭を下げた。
「でも私はさくらちゃんの薫りの方がステキだと思いますし、好きですわよ」
「…なんかちょっと恥ずかしいな、そんな風に言われると」
さくらも知世と同じように頬を赤らめ、微笑む。
知世にとってはさくらのこの笑顔こそが至上の喜びであり、それが見られただけで一日の疲れが吹き飛んでしまうのだ。
あわよくば彼女の全てを手に入れたいとも思う。ラベンダーの香りに忍ばせた小さなわがまま。けれどそれは決して叶わぬ夢。
それならせめて最高の笑顔を見せて欲しい。それが彼女の願いだった。
「……あ、小狼くーん！」
さくらが昇降口から出てきた想い人へ嬉しそうな声を上げる。右手を大きく振り、小狼に向けて自分の存在をアピールする様はとても可愛らしい。彼女と初対面の人でも虜にする事だろう。
「もう部活、終わったのか？」
小狼が柔らかく微笑み問う。
それだけで知世のタオルがせっかく冷ましてくれた顔の火照りがぶり返してくる。
「うん！ ……あ！ ちょっと待ってね、着替えちゃうから」
さくらがジャージの裾に手をかける。そんな突拍子もない彼女の行動を、表向きは冷静さを装いながらたしなめる小狼。
「……ここでか？」
「？ あ！」
さくらは素早く周囲を見回し、動きを止める。
真っ赤になり、おずおずと少年の顔を見る。怒っているようにも見えるけど、心なしか顔が赤いような。
「ご、ごめんなさい」
そう言ってまくりかけた裾を元へ戻し、着替えが入ったバックだけを抱え、視線は更衣室の方に。
「一緒に帰りたかったから、早く……」
「さくらちゃんは李くんが来てくれて嬉しかったのですわ。
そう言うところもさくらちゃんらしくて可愛らしいですわよね？」
知世が合いの手を入れ、さくらをフォローする。言い終わらぬうちにその視線は少年へ。ここで彼が否定の返事をしないことを分かった上での行動だ。
「……ああ」
静かに答えた小狼はちょっと不機嫌そう。
「すぐに着替えてくるから」
そう言ってさくらは女子更衣室へ向けて駆けていった。
後に残された２人はその後ろ姿を静かに見守っている。
「まったく…」
「ああいう真っ直ぐなところもいいですわね。さくらちゃんらしくて」
「ああ、そうだな……」
小狼は視線を外さぬまま、小さく頷く。
彼女はいつでも物事に対して真っ直ぐに、そして一生懸命に取り組む。それが彼女の“らしさ”であり、小狼が好きな彼女の良いところの一つ。
ただ時折、さっきのように周囲が見えなくなってしまうことはあるけれど。
知世が隣の少年の顔を覗き込む。ほんの少し前はほとんど変わらなかった背の高さが、もう見上げなければならないほど伸びている。男の子の体は成長するのが早い。もしかすると心も。
「……ちょっぴり残念でしたか？ 李くん」
ポツリと尋ねてみる。
「……え！？ いや、そんな事は……」
どもりながら慌てて否定する。黒髪の少女がほくそ笑んだ。
（あら、李くんもふんわりと思っていたら……）
小狼がさくらのために日本へ帰ってきてそろそろ２ヶ月が経とうとしていた。二人とも知世の言葉で表現するならふんわりした性格だから、いつになったら進展が望めるかと思っていたが、その心配は杞憂のようだ。
知世は小さく奥歯を噛みしめた。
程なくしてさくらが二人の元へ戻ってきた。
「お待たせ――！」
部活動の時のジャージ姿から眉目麗しい制服姿へ。まだ身体の火照りが抜けないのだろう。上着は羽らず、折り畳んで腕に抱えている。ブラウス姿が妙に色っぽく見えてしまう。
「……ほら」
一瞬、さくらの格好に惚けてしまった小狼は慌てて照れ隠しのように右手を差しだした。
「でも…」
さくらは躊躇いがちに右腕を引く。
「いいから……」
小狼はちょっと強引にさくらのスポーツバッグを受け取り肩に掛けた。彼の左手には既にさくらと知世の鞄が抱えられている。普段は手に提げている彼の鞄はさりげなく背負われていた。
それは誰にでも公平に行われる小狼らしい気遣い。
さくらは悪いなと思いつつ、ついついその優しさに甘えてしまう事が多い。
けれどそれじゃ悪いからと今日は知世と２人、それぞれの鞄を自分たちで持つ事にした。
アスファルトに３つの影が長く伸びている。
「知世ちゃんも今日は一緒？」
「いえ、私はちょっと駅前の文具店に用事がありますから、途中までですわ」
それからさくらに寄り添い、小さく耳打ちする。
「ご心配なさらずともお二人のデートの邪魔はしませんわ」
「もうー！ 知世ちゃん」
さくらもつい知世に合わせ囁き声で抗議した。態度は怒っているのだが、声のトーンにはどうしても嬉しさが滲んでしまう。
小狼が自分のために帰って来てくれた。それだけでも嬉しいのにこうしてほぼ毎日、一緒に登下校できる事がさくらにとっては最高に幸せなのだ。
「えっと…、それじゃ今日はちょっと小狼くんちに寄って行ってもイイ？」
可愛らしく小首を傾げ、まるでおねだりをするように聞かれては、少年がいやといえるはずはない。
「…………ああ」
「…大丈夫だよ！ ちょっと分からない所を教えてもらうだけだから！」
小狼が答えるまでに置いたわずかな間をどう勘違いしたのか、さくらが慌てて弁明した。
「分かってる。
俺も１人でやるよりお前と一緒に勉強した方がはかどるからな」
思わず、小狼も付け足しのように答えてしまった。
正直な所、今の自室は李本家から送られてきた大量の書類が散乱していて、とてもゲストを呼べる状況ではなかった。だが、それを理由にして彼女の訪問を断ってしまうほど、小狼は薄情ではない。それにリビングだけなら大丈夫だろうと記憶の中の部屋の様子とを照らし合わせていて、返事が遅れたのだ。別段、さくらの突然の訪問を嫌がって返事を渋った訳ではない。
「ア…アリガト…」
少女の頬が薄く色付く。
彼の言った“お前と一緒に”という言葉が、なぜかそこだけ強調されて聞こえ、胸が高鳴った。最近は彼の何でもない一言が、とても胸に響く事がある。
もしかすると彼の声その物にドキドキをくれる魔法が掛かっているのかもしれない……。さくらはそう思う。
もうこうなってしまうと少女は少年の顔がまともに見られず、つい視線はあらぬ方向へ向けられてしまう。
「…………」
さくらの胸の鼓動が伝わったのか。小狼もつられて頬が染まり視線は真っ正面へ固定されたままになった。
（アラアラ……）
仲睦まじい２人の様子を後ろから見守る知世は微笑みを浮かべている。
２人の雰囲気を壊してかねないので、ビデオカメラで撮影したい衝動はグッと抑えた。
「……ア！ そう言えばね、知世ちゃん！」
突然、体ごと後ろを振り返るさくら。元気すぎる声は照れ隠しのためだろう。
「何ですか？」
知世は微笑みを崩さず応える。
「うん！ あの、ね…」
最初の威勢が良かった割りに、語尾は小さくなっていく。顔は初々しく染め上がったまま。一瞬だけチラッと小狼には分からないように、彼の横顔を伺った。
どうやら話題転換のために知世へ声をかけたはいいが、思い出した話題がまた恥ずかしいというか、照れてしまう内容のようだ。
「何でしょう？」
さくらの胸の内を慮った知世が、さり気なく歩み寄る。
小狼も雰囲気を察して少しだけ歩みを遅くし、さくらの隣りを知世へ譲り、自分は２人の後ろに並ぶ。
少年と少女の瞳が一瞬だけ交差する。
（ありがとうございます……）
（いや……）
お互いに付き合いが長く、同じ女性(ひと)を大切に思う者同士。相手がさくらを気遣ってどんな行動に出るか、心の内はよく分かっている。
もっとも小狼は李本家での経験から、そうした人の心理を読み取る術により長けているわけだが。
「あのね…」
隣りに並んでくれた知世へ小声で話すさくら。
小狼には聞こえるか、聞こえないかくらいの声量。
「この間、知世ちゃんに教えてもらったブラジャーね…」
なるほどと知世は内心ほくそ笑んだ。
さすがにその話題を路上で話すには憚(はば)かられるし、小狼に聞かれるのも恥ずかしいだろう。
「ええ、どうでした？」
「うん。今もしてるんだけど、胸の先っぽ、痛くならなかったよ。これのお陰で」
先日、知世はさくらから「部活の時に、胸の先が擦れて痛い」という相談を持ちかけられていた。さくら以外に女性の居ない木之本家では話題にしにくい内容だ。
知世はすぐさま、さくらと共に近くのショッピングモールに入っているアンダーウェア専門店へ行き、ブラジャーについて基本的な事をさくらに教え、実物を購入したのだ。
後日、このことは知世から園美を通して藤隆へ伝えられている。
今日は、そのブラジャーを初めて試してみたらしい。
「そうですか。良かったですわ」
「うん…。
でもこれちょっと窮屈な感じがするから、部活と体育の時以外は外しておこうと思うんだけど……」
「ウーン、そうですわね……」
知世は考えるフリをしつつ、後ろの少年の顔をチラリと伺う。
さくらは、自分が同級生や他学年の男子生徒達からどのような視線で見られているのか、いまいち自覚していない所がある。それは一重に小狼や知世と言ったさくらをよく知る旧友達がさり気なくフォローをしているせいもあるのだが。
もし、さくらがブラジャーを常に身に着けるとなるとどれほどの反響があるか、想像するに難くない。一方でさくらの意見も尊重したいという想いもあり、知世にとっては悩ましい質問であった。
「ブラジャーは身体のラインや胸の形を整える、キレイにしてくれる効果もありますから、さくらちゃんが大人になったときには、毎日着けた方が良いと思います」
「やっぱりそうかな……」
自分の胸元へ視線を落とすさくら。
「でも最初は慣れないものですから、さくらちゃんのやり方で少しずつ慣れていくのがよいかもしれませんね」
「……ウン、そうするよ」
さくらの顔から陰りが消えた。絶対、常に着けなくちゃいけないと言われると思っていたさくらには嬉しい答えのようだ。
日頃から動き回る事が好きなさくらには、まだブラジャーは“胸が締め付けられるもの”ぐらいにしか感じないのだろう。
「お悩みは解決しました？」
「うん！ ありがとう知世ちゃん！」
「どういたしまして」
知世はもう一度、小狼の顔色を伺った。
視線を合わせるのが恥ずかしいらしく、そっぽを向いている。耳をそばだてているようにも見える格好。
夕日の光りとは明らかに違う耳たぶの赤みはつまり…。
（何なんだ…！ これは…！）
初めて味わう“熱い感覚”に少年は戸惑っていた。
たまたま囁き声のような音量で聞こえてしまったさくらの“ブラジャー”というセリフ。彼女も女性なのだからそう言う話題が会話の中に登場するのは当たり前のはずだけど。
彼の頭の中ではさくらとブラジャーという２つのイメージがどう考えても繋がらない。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったような、そんなタブーを感じさせる組合せなのだ。
いけないと思いながら、何がいけないのかも分からないまま、頭の中でさくらの声色と重ね合わせ、その単語を反芻する。
体の奥底に生まれた熱い何か。腰回りが重くなったような、何かむず痒さにも似た感覚。 朝の鍛錬で気を巡らせている時の感覚にも似ているが、どこかソワソワとして落ち着かない。
喉の渇きにも似た鼓動が、顔の温度を上げている。
そんな状態でさくらを見てはいけないと思い、またその状態の自分を見られてはいけないと思い、彼は必至でさくら以外の場所へ視線を彷徨わせた。
さっきから時々、知世の視線を感じるが気が付かれてはいない様子。もし今の状態がさくらに知られでもしたら…。言いしれぬ恐怖が少年の心を襲う。対処の方法が分からないものほど恐いものはない。
「うん！ ありがとう知世ちゃん！」
不意にさくらの溌剌とした声が耳に届く。どうやらさくらの悩み（？）は解決したらしい。
と、小狼はその声に吸い寄せられるようさくらへ、その後ろ姿へ視線を合わせてしまった。それが受難の始まりと知らず。
少年の視線の先で、少女はもう１人の少女に向かって小さく万歳をするような格好で、自分の悩みが解決した喜びを伝えている。多少大袈裟にも見えるがいつもの事。
だが少女が諸手(もろて)を差し上げた事で、夕日の光りに彼女の身体のラインが、特に無防備となった脇のラインが浮かび上がったのだ。着ていたものがブラウス一枚という薄手であった事も手伝って。
小狼は見てしまった。
ブラウスの内側にうっすらと浮かび上がるさくらのブラジャーを。その形を縁取るラインを…。
一瞬、彼はそれに魅入り、それが何であるか理解できなかった。
だが、身体は本能のレベルでそれを感じ取ったらしい。
何かが体内で爆発したような衝撃。腰の辺りでモヤモヤしていたものが、一気に股間へと殺到し、熱い塊となる。
ドクン…ッ！！！
心臓が大きく脈打った。
（！！！）
小狼の顔が一気に茹で上がる。
性器が下着の股間の布を持ち上げる感触を伝えてくる。
「ク……」
思わず声を漏らしてしまったが、幸いそれは前を歩く２人の少女には聞こえなかったようだ。
熱く硬く勃起した自分の性器から送り込まれてくる未知の感覚を少年は完全に持て余している。
回らない頭の奥から何とか持っている知識をたぐり寄せる。
性器が勃起をする主な原因は二つ。
一つは排尿を促すものであり、睡眠中に尿が溜まった事を知らせる意味から朝方に勃起する事が多い。またレム睡眠の周期に合わせて、それが繰り返される事もあるらしい。
そしてもう一つの原因、それは。
“性的な興奮による勃起”――……。
（俺がさくらに…！？）
そう自覚した瞬間、不安と恐怖が少年を襲い、それに倍加するだけの背徳的な興奮が少年の股間を直撃した。
知識として頭の隅にこびり付いてはいたが、自分がその状況に置かれるとどうしていいか分からない。
さくらにそういう事を感じてしまう後ろめたさに加え、何とも言えない情けなさが込み上げてくる。
と同時に何とかそれを隠さなくてはいけないと、小狼はそこが目立たないよう、少しだけ前屈みになる。肩にかけていたさくらのスポーツバッグで不自然にならないように、そこを覆い隠した。
今、小狼は少しでも早く彼女たちと別れ、この高まった衝動をなんとか抑えたかった。
「では、私はここで」
知世が立ち止まり、別方向の道へ視線を送る。
「うん。また明日ね」
さくらが手を振り、答える。
「はい。李くんもまた明日」
「ああ、き、気をつけて帰れよ」
努めて自然な声を心掛ける。
「…ご機嫌よう」
知世は少しだけ不思議な顔をしたが、気にとめる様子もなく、笑顔を残して行ってしまった。
小狼は少し名残惜しさを感じた。何となく知世なら真剣に相談に乗ってくれそうな気がしたから。
「行こ？ 小狼くん」
中々歩き出さない小狼をさくらはまた小首を傾げて促した。
再び小狼の股間が疼く。
少年はここでようやく先程の約束を思い出し、心の中で恐怖した。
今日だけは、今だけは１人にして欲しいと。
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